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第2話 ②

 代々の先輩のおかげでゼミ室は居心地がいい。卒業を機に不要となった家電や家具が持ち込まれて、僕はほぼ毎日顔を出している。  同じく過ごしている野原との関係が噂されることは多少煩わしいが、そこは互いに割り切れる仲だ。野原はれっきとした彼氏がいるし、僕は―― 「あ、春樹(はるき)先輩だ」  野原が窓の方へ少し上半身を伸ばして、ほら、と外を指さした。 「ちょっと行ってくる」 「行ってらっしゃい」  コートをつかんでゼミ室を出る。袖を通して階段を駆け下りて、自動ドアをくぐると冷たい風が吹き付けた。  ゼミ室から見える棟の裏側に出ると、見慣れた後ろ姿を見つける。雪を落とす低い空をじっと仰いでいた。 「――ハル」  少し声を張ると息が白くけぶる。頬に雪が落ちて、足もとで薄い雪の感触がした。 「アオ」  振り向いた両の目が僕を認めて、ふわりとほどけるように笑う。  ほら、やっぱりその顔をする。  ハルのこの笑顔は昔から変わらない。けれど誰にでも向けられるわけではないことを、今の僕は知ってしまった。 「どうしたの」  そんなに走って、と細めた目は大人なのに、頭に雪を積もらせて鼻を赤くした様はまるで子どもだ。 「分かんないことでもあった?」 「……ないけど」  僕は去年、ハルと同じ大学に進んだ。今年大学院に進学したハルと同じ専攻を選んだ。ゼミは違うから会うことは少ない。「興味があったから」と説明した、嘘ではないけれど全てでもない理由を、ハルがどう受け止めたかは分からない。

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