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第4話

まひるからは、戸惑った気配を感じた。 返事をしなかったので、照れているのかも。 飛揚は調子に乗って、キッチンへと向かった。 「なぁ、」 「火を使ってます。危ないのでそこで止まってください」 構わず足を踏み入れると、伸びてきた手に「駄目です」と胸を押された。 不意に触れた熱に、全身が粟だった。 点字の勉強や、物のやりとりで少し触れたことはあるが、こうも熱を感じるのは初めてだ。 反射的に手首を掴んだ。 「あっ」 まひるの動揺が伝わると、飛揚は妙に興奮した。 全身の血管が脈打つ。 口元を軽く歪めると、また一歩を踏み出す。 その先に何があるのか考えもせず、無防備に体を動かした。 「瑞原さ……わ、…っあ! 危ないっ」 ガシャーンと音がした。 掴んでいた腕がぐらついたので、ぐっと引っ張って抱き寄せる。 バランスを崩した二人は飛揚をクッションにして、そのまま床に倒れこんだ。 「ひゃぁ!」 その声はいつもより近くで鼓膜を震わせて、脳しんとうでも起こすかのように、飛揚をくらくらとさせた。 抱き止めた体は意外にも硬い。筋肉質? スポーツでもやっているのか。 薄いセーターとデニムのズボン。細くて弱そうなのは予想どおり。 髪は短いらしく、首の後ろを撫でると毛先を感じた。手のひらから次々と流れ込む情報に気持ちが高ぶった。 「ひゃ、……あ、ちょっと! 擽った……」 体を撫で回すと、まひるは身を捩った。 「事故前はけっこーモテたんだけど。視力と傷跡のせいでからっきしなんだよね。でっけー傷出来てんでしょ」 「……両目にかけて、裂傷跡があります」 「それって醜い? 俺には見えないからさ」 傷跡どころか、寝癖もどんな色のどんな服をきているのかもわからない。 相当ダサいに違いない。ファッションモデルをしていたのが嘘みたいだ。 「傷跡があろうとなかろうと、瑞原さんは綺麗ですよ」 床に倒れたまま腰を抱き寄せると、まひるは焦った。 「ヘルパーさんでもさ、障害があるパートナーはお断りなの?」 「な、何を言って……」 「かわいそうな俺を慰めてって言ってるんだよ。こんな奴でも、恋愛対象に見てくれるんでしょ。俺ね、けっこー紫吹さん気に入ってるんだ」 頬を撫でると、手のひらに吸い付く肌と熱を感じる。そのまま柔らかい髪に指を差し込み耳朶を弾いた。 「っや、止めてくださいっ」 突き飛ばされ床に転がると、高まっていた熱が急激に冷める。フローリングに投げ出された腕にコツンと堅い物があたった。鍋の蓋みたいだ。 さっき落ちたのは鍋か。 食べ物ぶちまけてなければいいんだけど。 「やっぱ、彼氏は健常者がいいよなぁ」 「っそ、そういう事じゃなくてっ」 手を伸ばすと思い切り振り払われた。 「ははは。ごめん、じょーだん」 軽い気持ちだったのに、振り払われた手が痛くてそれを誤魔化した。 「じょ、冗談でっ」 怒ったのか、悔しそうな声が聞こえた。震えた声は泣いているようだ。 「悪かったって」 再度、闇雲に伸ばした手にはもう何も触れなかった。 息をのむ気配と、バタバタと慌ただしい足音。玄関扉がパタンと閉まり、部屋は沈黙に包まれた。

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