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第7話

今日は彩花堂は休みなのだろうか。紘人は作務衣姿ではなくTシャツとチノパンというラフな格好をしていた。引き締まった身体のラインがいつもよりあらわになっている。京介の予想通り明るい栗色に染められた髪は、清潔感のあるベリーショートに整えられていた。 「うちの常連さんって母さんから聞いて、せっかくだからお近づきにね。陽菜(ひな)こそどこで知り合ったんだよ?」 「近江谷先生、あたしが店出したときからの常連だもん。ね、先生」 「そういうところ、です」  更に居心地が悪くなって、京介はこっそりため息を吐く。こういう時にこそ他のお客さんが来てほしいのだけれど、タイミングが良いのか悪いのか、店内には誰もいなかった。  話しぶりから、この二人は旧知の仲なのだろう。なんとなく面白くない気がする。自分だけが話の輪に入れないからだろうか。いつもならそのまま場を立ち去るところだけど、今日は違う。そうだ、まだ会計もしていないし、うん。一人で脳内会議をした後、お菓子の入ったカゴを持ってショーケースの前まで向かう。 「仲良いんですね、お二人」  こぼれ落ちた言葉は、自分が想像したものより鋭く突き刺さるような声音だった。京介の声に、紘人と店員さん――、陽菜が同時に振り返る。そうしてどちらからともなく笑った。 「紘人とは専門学校の時からの腐れ縁なんですよねぇ」 「腐れ縁?」 「入学時のオリエンテーションが一緒になって、実家が近いことが分かってからの付き合いかな、陽菜とは」 「……そうですか」  余計な情報を手に入れてしまった。ひいきにしている店の店員同士が仲良しだなんて。なんだかもやもやした気持ちがつのる。あまり覚えたことのない感情に、京介は頭の中で疑問符を浮かべた。  この気持ちは何だろう。いつも買っているものが同じだとか、変なところで情報を共有されているのかもしれない。自分のあずかり知らないところで自分の情報がやりとりされているのは少し気恥ずかしい。ああそうか、そういうことか。京介は一人で納得して、お菓子の入ったカゴを陽菜の方へと差し出した。 「これもお願いします」 「はーい。今日も買いますねぇ、先生」  陽菜は笑ってカゴを受け取ってレジ打ちを始める。オレンジタルトの方はすでに箱詰めされていて、手提げのビニール袋に入れられていた。ケーキを入れるにしては随分と大きな袋は、京介がいつも買う焼き菓子の数が多いことを物語っている。  家に帰ったらまずケーキを食べて、クッキーも一枚頂こうか。コーヒーは英介ブレンドの豆があるし、時間もあるからゆっくり淹れることにしよう。支払い待ちから家に帰るまでお菓子のことだけ考えるのは贅沢な時間だ、と京介は常々思っている。今日もお菓子に想いを馳せていると、突然後ろから声を掛けられた。 「近江谷先生、ごはんもちゃんと食べてくださいよ」 「おわっ!?」  予想だにしなかった言葉に、京介の口から素っ頓狂な声がこぼれる。恐る恐る後ろを振り返ると、困ったように笑う紘人と目が合った。そのまま固まっていると、紘人はおもむろに京介の方に手を添える。 「っ!?」 「先生、細っ!ていうか薄すぎですよ!」  紘人の手が数度肩周りを確かめるように触って、すぐに離れていった。じんわりと肩口に他人の体温が残っている。そのまま固まってしまった京介を引き戻したのは、すがすがしいまでに澄んだ陽菜の声だった。 「こら紘人!先生困ってるでしょ!?」 「あはは……、つい」 「つい、じゃないでしょ、全く。すみませんね、近江谷先生」 「いや……、あの、大丈夫です」

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