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第9話

 趣味イコールスイーツ巡り、としか言えない京介の休日は、家で持ち帰りの仕事をするか散歩がてらお菓子屋を回るかの二択にほぼ絞られる。英介一家がやってくれば話は別なのだけれど、今のところ来訪の連絡は入っていなかった。 「……さて、と」  京介は仕事用のメールをチェックしてパソコンを閉じた。今すぐに対応しなければいけない案件はないらしい。念のために仕事用の携帯の着信も確認したが、そちらも大丈夫そうだ。  これは天がスイーツ巡りに行けと言っている。そういえば昨日の昼にマドレーヌを食べてからコーヒーしか口にしていなかった気がする。ふっと浮かんできたお節介な人の姿は見えないふりをして、京介は外出の準備を整えた。玄関の扉を開けると、夏の午後の日差しがまぶしく差し込んでくる。  京介のいつもの散歩コースは、マンションからほど近い海浜公園。潮風を受けながら遊歩道を進み、たまに人間観察をしながら駅へと向かう。向かう先は基幹駅だから、普段は行けない遠くの店を訪れるのにも都合が良い。今日も例に漏れず、京介は人で賑わう公園の中を進んでいく。 「今日はどうしようかな……」  ぽつりと呟いた言葉は、休日の賑やかさの中に吸い込まれる。少し遠出して、有名な老舗和菓子屋に行ってみようか。それとも、市内だけど新しくオープンしたらしい洋菓子屋か。時折周りの人の姿を見ながら京介はとりとめなく思いを巡らせる。その時だった。 「……えっ?」  見覚えのある姿に、京介は思わず足を止める。目の前から歩いてくるのは、小さな女の子を肩車して歩いてくる紘人だった。彼はきょろきょろと周りを見回していたが、京介と目が合うとふっと表情をほころばせた。 「近江谷先生!」  紘人はすぐに京介の方へと早足で近付いてきた。その間も、肩に乗せた子供を落とさないように、周りの人にぶつからないように気遣っているのが見てとれる。胸のざわつきを感じながら、京介はそちらへ駆け寄った。 「……紘人、さん?」 「あ、名前覚えてくれたんですね!」 「えぇ、まあ……」  今更だろう、と思いながら京介は子供の方へと視線を移す。見たところ三歳くらいの女の子が、どこかはしゃいだ様子で紘人にしがみついていた。長い髪の毛を二つ結びにして、キャンディーの形をした髪飾りをつけている。ちょうど姪姉妹の妹くらいの見た目だ。 「……お子さんですか?」  京介の問い掛けに、紘人は少し寂しそうな顔で首を横に振った。表情の意味を問う間もなく、その口から言葉が紡がれる。 「迷子になってたから、交番まで連れて行こうと思って」 「迷子?」 「ちがうもん、ママがあいりのこと置いて、ゆうちゃんとどっか行っちゃったんだもん!」  ママが迷子なの、と悪びれもなく主張する女の子。ちびっこ特有の言い分に、姪二人を思い出して京介の頬もうっかり緩む。 「そっか、そりゃ大変だ。ママが交番で困っているかもしれないから、お兄ちゃんも一緒に行こうかな」 「うん!」 「あれ、先生も来てくれるの?」 「人数は多い方がいいでしょ。紘人さんはいい人そうだけど、このご時世だし誘拐犯に間違われる可能性もありますから」  口から出た申し出に、京介自身も少し驚く。別にこのまま挨拶だけして本来の目的地へ向かったっていいのに。  だけど、最近はすぐに不審者だなんだと騒ぎ立てられることも多い。男性が単独で血縁関係のない幼児と歩いていたら、最悪通報されてしまうだろう。もちろん紘人はこのまま言葉どおり交番へ向かうのだろうけど、途中で何かあったら可哀想だ。彼がいい人であることを知っているから、なおさら。

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