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第10話

「わぁ、ありがとうございます!」 「……別に、今日は休みなので」 「それでも、ですよ」  にこりと笑ってみせた紘人に、京介はただ頷いて視線を逸らした。なんだか気恥ずかしい。そんな微妙な空気を打ち壊したのは、肩車されていた子供の声。 「よーし、あいり号、出発!」  片手で紘人の髪を引っ張って、『あいり』と名乗る女の子はもう片方の手を高々と突き上げた。紘人は苦笑しながらも、楽しげに歩みを進め始める。京介もワンテンポ遅れて、紘人の隣へとつく。 「紘人さんは子供好きなんですか?」 「好きですよ」 「……それじゃあ、」  目指せ大家族ですね。そう言いかけて、京介はすんでの所で言葉を引っ込めた。さっきの紘人の表情が、一瞬ちらついたせいで。  なんでもないです、とだけ付け加えて京介は話題を切った。紘人は少し不可解そうな顔をしたものの、さして気にする様子もなく目的地へと歩いていく。  交番は海浜公園の入り口に建っていた。新しく小洒落た雰囲気が漂う建物は、交番というよりスイーツ店のようにすら見える。いわゆる観光地エリアだからこんなデザインなのだろう。とりとめない京介の思考を断ち切ったのは、またもや元気な声だった。 「ママ!」  どちらからともなく、紘人と京介は視線を交わした。交番の入り口には、赤ちゃんを抱えた細身の女性が落ち着かない様子でたたずんでいる。案外あっさり目的の人が見つかったことを悟り、二人の足取りも自然と早くなる。 「すみません、花壇のところで迷子の子を見つけたんですが」 「!」 「ちーがーうー!ママが迷子!ね、ママ!」  警察官に事実を告げる紘人、はっと顔を上げる女性、不服そうに片手を振り回して抗議する幼児。ただ見ているだけの京介の目の前で、紘人は肩から子供を下ろす。その子はすぐに、女性の方へと駆け寄っていった。 「良かった……!愛莉、ケガはしてない?」 「うん!ママ、もうかってにいなくなっちゃダメだよ!」 「……もう、」  『愛莉ちゃん』のお母さんは呆れたようにため息を吐き、改めて紘人と京介の方に向き直った。夏だというのにきっちりと長袖の服を着て、見上げる瞳には疲労の色が浮かんでいる。少しの引っかかりを覚えながら、京介はひとつ会釈をした。 「お兄さんたち、本当にありがとうございました。少し目を離した間に、この子ったら……」 「いえいえ。すぐに保護者の方が見つかって良かったです。ね、先生」 「ん、そうですね。子供はすぐに見失っちゃいますから……」  京介の頭の中では姪っ子二人がやかましく走り回っていた。姉のゆめかは六歳、妹のほのかは三歳だ。やんちゃ盛りの遊び盛り、二人いっぺんに面倒を見るのはやはり大変なこと。近所の公園ならともかく、こんな広い場所でフリーにしたら大惨事まったなしだろう。 「これなら間違いないとは思いますが、一応確認しますね」  微笑ましい再会シーンに、警察官の声が遠慮がちに割り込む。 「おねえちゃんのお名前は?」 「あしや、あいり、です!」 「何歳ですか?」 「五さい!」 「はい、大丈夫ですね。それじゃ、お気をつけて。お兄さんたちもありがとうございました」  思ったよりもあっさりと解放され、紘人と京介の二人も交番をあとにする。明らかに事件性はないと判断されたせいか、身分証明すらしないままに。 「こんなんで良かったのかなぁ、先生」 「警察の人がそう言ってるんだから平気でしょ。……あれ?」  建物を出て少し離れたところに、さっきの親子連れが建っている。おや、と立ち止まれば、母親が頭を下げてから近付いてきた。

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