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第11話

「先程はありがとうございました。あの、お礼をさせていただきたいのですが……」 「お礼なんていいですよ。無事で良かったです」  やりとりをする紘人と母親、その腕に抱かれる赤子とおとなしく足元にいる元迷子。一歩引いたところで様子を見ながら、京介はまた違和感を覚えていた。 (五歳って言ったよな……あの子)  警察官の確認もあったから間違いないはず。だけど目の前の子は、どう見ても五歳の体格ではない。見直してみても最初の印象通り、英介の次女と同じ三歳くらい、どうおまけしても四歳だ。また不可解な点が増えて、京介は一人で首を傾げた。 「……はい。自宅は彩花堂っていう和菓子屋で……、定休が……」 「ありがとうございます。……では後日」  京介が一人で考えを巡らせているうちに、二人の間では話がまとまったらしい。流れのままに挨拶をして、京介は紘人の方に向き直った。改めて隣に立ってみると、少し見上げるくらいで目線が合う身長差。 「さっきの親子、今度うちまでお礼に来てくれるそうです。その時連絡するから、近江谷先生の連絡先を教えてもらえますか?」 「あ、はい。……これで」  そう言っても、自分はただついて行っただけだ。だけどどうしてもさっきの親子の違和感が拭えない。もやもやを解決するきっかけになるかも、というのも後押ししたせいか、京介はあっさりとプライベート用の連絡先を提示した。紘人はささっと登録を済ませて、自分の連絡先を返してくる。 「ありがとうございます。ところで先生、お出掛けの途中だったんじゃないですか?」 「そうなんですが、散歩がてらお菓子屋に行こうと思っていたくらいなので。特に予定があったわけじゃないので大丈夫です」  素直に予定を話すと、紘人は少し考える素振りをする。やがて何かを思いついたのか、その顔がぱっと輝いた。 「それじゃ、今日のお礼ってことでどこか行きましょう?おごりますよ」 「行くのはいいですけどおごられる道理は……。第一、紘人さんだって予定があるんじゃないですか?」 「俺も休日は新作のヒント探しにお菓子屋さん巡りをしているので。先生さえ良ければ、一緒にどうですか?」  意外な誘いに、京介の心がぴょんと跳ねる。他人とスイーツを食べに行くなんて久しぶりだ。確かにおごられる理由はないが、それ以上にわくわくする。しばらく覚えたことのない高揚感に、京介は一も二もなく頷いた。 「自分の分くらい払いますけど、是非」 「やった!せっかくだから海沿いに新しくできたカフェにしましょう、あそこ一人じゃ入りづらいので」 「確かに」  紘人が言うカフェには、京介もすぐに見当がついた。最近テレビで取り上げられた、古民家をリフォームしたお洒落なカフェ。いかにもSNS映えしそうな可愛らしいケーキは、元一流ホテルのパティシエが手がけているだけあって味も保証済み。難点としては、どう見ても男一人で入るような空間ではないということ。あまり周囲のことを気にしない京介ですら、行くのをためらうくらいのまぶしい空間なのだ。男二人でもどうかと思うが、一人で行くよりかなり心強い。もう一度首を縦に振れば、紘人はまた満面の笑みを浮かべる。  カフェへ向かう紘人の足取りは、京介が見ても分かるほどに浮かれている。そんなにあのカフェに行ってみたかったのだろうか。そこでふと、一つの疑問が浮かぶ。 「紘人さん」 「なんですか?」 「和菓子職人なのに、カフェなんかも行くんですね」  京介の言葉に、紘人は楽しげな様子を隠すこともなく振り返る。やっぱり大型犬みたいだ。目の前にふさふさ揺れている尻尾が見えてくる。 「はい。新作のヒントってどこに転がっているか分からないですし、和菓子もどんどん新しい概念を取り入れた方がいいと思うので」 「新しい概念?」 「例えば、西洋のお祭りなんかですね。ハロウィンも定着してきたし、秋にはジャックオーランタンの練り切りとか夜空の錦玉羹とか作ってみようかな」 「なるほど……」 「夏に作ったあのお化けの練り切り、意外と年配の方にも好評だったんですよ。チャレンジって大事だと思うんですよね」  お菓子のことを話す紘人の顔は生き生きと輝いている。その真っ直ぐな瞳にどきりとしてしまう。こんな顔もするんだ、なんて京介の思考が持っていかれたところで目的地が見えてくる。休日のせいか、カフェの前には行列ができていた。

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