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第12話
『一時間待ち』の看板を見たけれど、次に訪れる機会はそうないだろうと結論づけて、京介と紘人は列の最後尾に並んだ。並んでいる人たちを見ると、大抵が女子グループかカップルで、若干浮いている感は否めない。
(物珍しいんだろうな……)
受ける視線を他人事のように感じながら、京介は紘人のことを見上げた。変わらず楽しげな紘人は、鼻歌が飛び出しそうな勢いでスマホをいじっている。席が空くのはまだ先のことだろう、と京介も自分のスマホを取り出した。ついでに儀式的に仕事用の携帯も確認する。仕事の連絡はなし、プライベートも急ぎで返信しなければいけないものはない。スマホの方に集中している紘人に話しかけられるのはためらわれて、京介はひとつ息を吐いた。そのタイミングで、聞き覚えのある声が耳に飛び込んでくる。
「あーっ!近江谷先生!」
「……げっ、」
京介が声の方へと顔を向けると、休日仕様の瑞樹が目の前に立っていた。京介は鬱陶しそうな表情を隠すことなく、じっとりと瑞樹の方を見据える。
「なんでいるの」
「今日あたしの誕生日なので!学生時代のサークルメンバーと並びに来たんですよ!」
「ふーん。ダイエットはどうした?」
「それとこれとは話が別なんですよ!誕生日にケーキを食べなくて何が誕生日ですか!」
「ま、それは一理ある」
瑞樹の言葉どおり、彼女の周りには数人の男女がいて賑やかに談笑していた。瑞樹に似て、明るくて楽しげでちょっとやかましいタイプと見てとれる。そのまま適当に瑞樹と言葉を交わしていると、不意に隣から声が降ってきた。
「あれ、晴多 くん?」
紘人の言葉につられて京介もそちらへ目をやると、談笑しているグループ内の小柄で童顔な男の子がぱっと振り返った。
「紘人さん!」
人懐こい笑顔を浮かべた男の子は、そのままこちらへと歩み寄ってきた。瑞樹が不可思議そうな表情をしていることから察するに、紘人が直接このグループと知り合いだというわけではなさそうだ。紘人もどこか嬉しそうに目を輝かせている。
「久しぶりだね」
「はい。紘人さん、いつこっちに戻ってきたんですか?」
「陽菜から聞いてない?半年前くらいだけど」
「えー?姉ちゃん、全然そんなこと言ってなかったですよ」
随分と楽しげに話す二人に、京介の心に疑問とは違う何かが広がる。その正体が何か考察しようとする前に、後ろからすっと肩に手を添えられた。
「っ!?」
「近江谷先生、誰ですかあの人は」
うきうきとした瑞樹の声が重なってくる。振り返らずとも、彼女が興味津々という表情を浮かべているだろうことは想定の範囲内。面倒くさくて、京介はそのままの体勢で答える。
「五条紘人さん。彩花堂の三代目」
「ほほう、和菓子屋の」
「こないだのおにぎりを作ってくれた人だね」
「なんでまた」
「知らないよ。さっき散歩中にたまたま会ったから、男一人じゃ行きづらいカフェに道連れ。以上」
「なるほどですね。ちなみに彼は小坂晴多くん、サークルの同期。うちの整形外科の看護師ですよ」
「ほほう」
情報を統合すると、看護師の彼は『ソレイユ』店長の弟と言うことになる。言われてみれば、陽菜と顔立ちが似ているような、そうでもないような気がする。それよりも、当たり前のように弟とも仲が良いなんて、関係を深読みしてしまうじゃないか。
(まあ、俺がどうこう言うモノでもないけど)
京介はよく分からないまま、この話は終わりとばかりに息を飲み下した。それと同時に紘人と晴多が振り返る。ぱちりと合った大きな丸い目に、思わず視線を逸らしかけた。そんな京介に構わず、晴多は笑顔で口を開く。
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