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第13話

「近江谷先生、ですね。いつもアホの瑞樹がお世話になっています」 「コラ晴多、アホとはなんだアホとは」 「事実じゃん。あと姉の店と紘人さんの店もひいきにしていただいているそうで。今後ともよろしくお願いします」 「あ、はい。こちらこそ……」  どのような反応を返すのが正解なのか。迷うまま、京介は当たり障りのない返事をした。これで解放される、そう思いきや、晴多の瞳はまだ京介の方を捉えている。 「えっと……?」 「あー、本当に線の細い美人さんですねー。うん、なんか分かる」  まじまじと京介を見つめながら、晴多は感心したように言葉を紡いでいく。何が分かるというのだろうか。首を傾げていると、頭上からわざとらしい咳払いが響いた。 「晴多くん?」 「冗談ですって紘人さん。じゃあまた飲みにでも行きましょうね、良ければ近江谷先生も」 「はぁ、」  紘人の顔を見上げると、どこか面白くなさそうな顔で晴多に手を振っていた。さっきまで楽しそうだったのに、と京介はまた首を捻った。 「紘人さん?」 「こっちの話なんで、先生は気にしなくて大丈夫ですよ」 「……そう?」  列に戻っていく瑞樹ご一行に京介も手を振って、ひとつ息を吐いた。しばし沈黙が流れる。列の進み具合を見るに、案外早めに店内に入れそうだと伸びをすれば、紘人からの視線が向けられていることに気付いた。 「あの、えっと……」 「すみません。先生って普段あんな感じで喋るんだなぁ、って思って」  打って変わって楽しげな紘人に、京介は拍子抜けしてしまう。なにがそんなに彼の気持ちを動かしているのだろう。 「先生、おいくつですか?俺、今年の八月二日で三十三歳です」 「じゃあ同じ学年ですかね。次の二月四日で三十三なので」 「なら、もう敬語はいらないですよね」  いや、その理屈はどうなんだ。否定の言葉を重ねる前に、ダメですか、と言わんばかりの目で見つめられてしまう。 「……」  ダメではない、のだ。仮に同じ学校にいたら、普通に会話していたのだろうし。断る理由は探せばあるのだろうけど、探す方がかえって面倒な気がしてくる。 「紘人さんがよければ、それでいいです」 「本当?」  紘人の顔がぱっと華やぐ。さっき見えていた架空の尻尾が、ぶんぶんと振られているようだ。 「じゃ、改めてよろしく。近江谷先生」 「……ん、よろしく」  そこは律儀に先生呼びのままなんだ、と吹き出しそうになる。いきなりファーストネームだとなんとなく落ち着かないだろうから、かえって良かったのかもしれない。 「お次でお待ちの二名様、どうぞー」  タイミング良く呼ばれて、どちらからともなく顔を見合わせる。そうして照れたように二人で笑って、連れ立って店内へと入っていった。

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