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第17話

 材料費は出す、家に上がった日は食器の片付けをする、世話になる日は週の半分を超えない。条件付きで始まった紘人との食事は、一か月も経てばすっかり日常になっていた。  どちらから約束するわけでもない。紘人が試作品を作った日にそのまま夕食を頂くときもあれば、京介が彩花堂に立ち寄ったときにおにぎりだけもらう日もある。なんとなくのゆるい関係は、いつの間にかずいぶんと心地好いものになっていた。  就職してしまうとどうしても同業者との付き合いばかりになってしまう。医療職、それも法医学なんて特殊な分野になると更に人間関係は限られてくる。他職といっても、せいぜい刑事や検察、弁護士と話をするくらい。忙しさから学生時代の友人とも疎遠になってしまえば、会話するのは周囲の人間のみ。 (同業でも身内でもない人と関わるのが、こんなに楽しいなんてね……)  プリントアウトした鑑定書に目を通しながら、京介はぼんやりと紘人の顔を思い浮かべる。いつも穏やかな笑顔を崩さない紘人は、話も面白い。気付いたら、学生時代からの友人のように会話するようになっていた。心境の変化に、京介自身も驚くほど。  今度はいつ行こう、なんて今週の予定も思い返していると、後ろから声を掛けられた。 「近江谷先生、今いいですか?」 「萩野先生?」 「これから来客があるから彩花堂の和菓子買ってきて、ですって。教授からのご指名です」 「なんで俺が」  突拍子もない依頼に、京介は疑問を隠そうともせず瑞樹の方に向き直る。そんな京介とは対照的に、瑞樹は当たり前かのように言い放った。 「先生、彩花堂の若旦那とラブラブだからじゃないですか?」 「語弊ありまくりな言い方をするな。たまに一緒に飯食ってるだけだって」  一瞬ドキリとしたが、反応してしまったら負けだ。つとめて淡々と事実を述べれば、瑞樹は面白くなさそうにため息を吐く。 「まあ、それは冗談として」 「冗談なのかよ」 「お菓子に関して、この研究室で近江谷先生の右に出る者はいないですから。先方が海外の人とのことなので、せっかくなら和菓子を、ということみたいですよ」  つまり、和菓子ならどこのものでもいいんですけど。付け加えられた言葉に、完全に後輩に遊ばれていたことに気付く。京介はじっとりと瑞樹を見据えてから、鑑定書を持って立ち上がった。そのまま教授室のドアをノックする。 「山崎教授」 「はーい」 「萩野先生から聞いたんですけど、どこかで和菓子を調達してくれば良いんですか?」  鑑定書を渡しながら初老の紳士に問い掛ける。教授はそれを受け取って、にこりと微笑んだ。 「そうだね、何か季節を感じられるものがいいかな」 「分かりました。適当に、人数分用意します」 「じゃあ六人分よろしくね。あ、今日はお使いが終わったら上がって大丈夫だよ。鑑定書ももらったし、今日の来客はほぼプライベートのものだからね」 「はい」  つまり、今日のところはほぼ定時で上がれるとみて良い、ということだ。思いがけなくできた時間。嬉しさに心拍がぴょんと跳ねる。これなら、彩花堂とソレイユのはしごもできるかもしれない。 「じゃ、行ってきます」 「気をつけてねー」  教授に見送られ、瑞樹に微妙な顔をされながら大学をあとにする。冬の匂いを纏い始めた空気が頬を撫でた。今の季節なら、紅葉をモチーフにした菓子が定番だろう。相手が海外の人であれば、最初は定石通りのものを用意した方が喜ばれそうだ。肝心の味に関しては、彩花堂のあんこの美味しさは近くの和菓子屋の中では一番だから心配無用。  真っ直ぐ向かった彩花堂。のれんをくぐると、穏やかな女性の声が出迎えてくれる。

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