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第24話
(そういえば、そろそろクリスマスか)
ハロウィンが終われば、世間はクリスマスにシフトしてゆく。昨日用意した和菓子たちは紅葉をイメージしたものでクリスマスの気配はなかったから、すっかり忘れていたのだ。いかに紘人のところに通っていたのか、という事実を突きつけられた気がして、京介はひっそり自嘲の笑みをこぼす。そうして何事もなかったかのように顔を上げて、ソレイユの入り口をくぐった。
「いらっしゃいませー。あ、近江谷先生!」
「ご無沙汰してます」
「もう、何かしこまっているんですか!新作ありますよ、お一つどうですか?」
相変わらず名前通りの明るさの陽菜に出迎えられる。並んでいるのは雪だるまを模したケーキと、飴細工のデコレーションが加わったガトーショコラ。マカロンは最近始めたのだろうか、ショーケースの一角を陣取るほどのスペースを与えられている。
「今日は雪だるまケーキとくまマドレーヌと……、あとクッキー詰め合わせで」
「ありがとうございまーす。用意しますね」
陽菜が笑顔で会釈すると、それを合図のように裏から別の店員が出てきて焼き菓子の包装を始めた。陽菜は雪だるまケーキを取って箱詰めしていく。その手元をぼんやりと見つめていると、視線に気づいたのか陽菜が作業の途中で顔を上げた。
「近江谷先生?」
「すっ、すみません。あまり見てたらやりづらいですよね」
「全然!あ、そうだ。マカロンおまけしておきますね」
「そんなつもりじゃ……、」
陽菜は思いついたように言って、ラズベリーのマカロンを一緒に箱に入れてしまった。京介が慌てて止めようとするけれど、一切隙など与えない手際の良さ。
せめて追加してもらった分の代金も払おう。密かに決意する京介の耳に届いたのは、予想外の陽菜の言葉だった。
「あれ?先生、紘人のところに行きました?」
「えっ、あ、さっき……」
陽菜の顔と手元のまんじゅうの箱を交互に見て、京介はうなずいた。箱にはしっかりと『彩花堂』の文字が印刷されている。
「紘人が昨日熱出したって聞いてたから、ちょっと心配してたんですよ。まぁ、店を開けているなら心配しなくて良さそうですね」
「そ、そうなんですね……」
正確なところを言おうか言うまいか決めかねて、京介は曖昧に返事をする。尋問されているような居心地の悪さ。不自然に目を泳がせる京介とは対照的に、陽菜は楽しげにレジ打ちをしている。表示された金額を用意しながら、京介の頭の中には別の考えが浮かんできていた。
いっそ、居心地悪いついでに紘人のことについて聞いてしまおうか。もし本当に卒業後に何かあったというなら、関連のことにも極力触れない方がいいだろう。手伝っていた別の店員が裏へ戻っていったタイミングで、京介は恐る恐るたずねた。
「あの、陽菜さんって紘人さんと同じ専門学校だったんですよね」
「そうですよ。コースは別なんですけどね」
「じゃあ、といったらアレですけど……。紘人さんがすぐ彩花堂を継がなかったのって、どうしてなのか知ってたりします?」
京介の問いに、陽菜は丸い大きな目をさらに見開いて、ぽかんとした表情を浮かべた。ややあって、珍しく歯切れの悪い言葉が返ってくる。
「うーん、まあ、卒業してすぐ京都の和菓子屋さんに行ったかな、紘人は」
「修行ですか?」
「先代とあまり折り合いが……、ってごめんなさい。どこまでならお話しして良いか分からないので……」
「そう、ですか。変なこと聞いてすみません……」
陽菜はある程度知っているのだろう。あれだけ仲が良さそうなのだから、当然のことか。少しだけ胸のもやつきを覚えながらも頭を下げる。
「あ、多分、覚悟が決まったら紘人の方から言ってくるかもしれないですよ」
「覚悟?」
「そしたら聞いてあげてくださいね、なんて」
いつも通りの笑顔に戻った陽菜は、商品を渡しながら明るい口調で言った。疑問符で頭が埋め尽くされる。話の筋が見えないのだけど。京介は内心首をひねりながらも、買ったお菓子たちを受け取った。そこに陽菜が、レジ横にあったクッキーを追加で一枚放り込む。
「えっ、」
「口止め料です、先生。今日のことは内密にお願いします」
「……分かりました」
京介がうなずいたことを確認して、陽菜は高らかに『ありがとうございました!』と挨拶を店内に響かせる。結局、陽菜と紘人が想像よりも親密であることが分かった以外は分からなかった、という結論に達した。ソレイユを後にしてからも、もやもやとした気持ちがまとわりついて離れない。
「……忘れよう、何もかも」
呟いた言葉は、賑やかな昼の喧噪にかき消される。晩秋の柔らかい陽光が、妙に目にしみるようだった。
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