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第25話

「あれ、京介。彼女できた?」 「はぁ?」  押しかけてきて開口一番飛び出した英介の言葉に、京介は不機嫌をあらわに返事をする。その英介の足下には、ゆめかとほのか、姪二人の姿があった。 「なんでそうなるんだよ。ってか海咲さんは?」 「海咲は高校の時の友達と一泊二日で温泉。留守番もあれだから久しぶりに不健康京介くんに飯でも作ってやろうと思ったんだけどよ……」  リビングへと向かいながら、英介はまじまじと京介の姿を見る。頭のてっぺんから爪先まで観察されているようで微妙な気分だ。 「だいぶ顔色も良いみたいだし、少し体重も増えただろ。これはちゃんと飯を食わせてくれる彼女ができたとみたね、兄ちゃんは」 「違うって……」  ご飯を食べさせてもらっている、というのは事実だけど。言ったらまたややこしくなりそうだから、京介はなんとなくその場を濁して会話を終わらせた。姪二人は不思議そうな顔をしながらも、やがて飽きたのかソファーの上でぬいぐるみを取り出して何かを始めている。 「彼女さん来るとかない?お邪魔だった?」 「だから彼女じゃないって。で、今日は何を作るつもり?」 「クリームシチュー。牛乳足して温めたら食える状態で持ってきたけど、牛乳ってあるか?」 「俺の家に食材があると思う?」 「だよねー」  英介は苦笑しつつ持ってきたものをキッチンに並べ始める。タッパーに入ったホワイトソースに、別ゆでされた大ぶりの野菜たち。テーブルロールは焼成寸前で冷凍されていて、オーブンで焼けば一番美味しいタイミングで食べられるようになっている。おまけのようについているのは、ベリー類がたっぷりのったタルト。食に頓着のない京介ですら、期待で胸がぴょんと跳ねる。 「というわけで京介。スーパーで牛乳買ってきてくれ、ゆめか達も連れて」 「えー……」 「来月の北海道物産展、有名どころの菓子セットでどうだ?」 「乗った」  即答する京介に笑いながら、英介は財布とエコバッグを渡してくる。それらを素直に受け取って、京介はソファーで遊んでいる幼児二人に声をかけた。 「ゆめか、ほのか。お買い物行くよ」 「おかいもの?」 「お菓子、一個ずつ買ってあげるから。行こう」 「いくー!」  きゃいきゃいとはしゃいでまとわりつく二人に苦笑しながら、京介は出掛ける準備を整える。最寄りのスーパーは歩いて五分もあれば着くから、車を出すまででもないだろう。ちょうど夕暮れ時、買い物客で賑わう頃だ。歩道が広い道を選んで目的地へと向かう。  この辺でも割と規模の大きいスーパーは、食料品の他にも日用雑貨などの品揃えも充実している。予想通りの混み方を見せている売り場に、京介はこっそりため息をついた。これは、さっさと目的のものを買って帰らねばなるまい。長居すればするだけ迷子のリスクが上がる。そう思って幼児二人の手を握り直した――はずだったのだけど。 「あ、サンタさん!」  売り場に入るやいなや、隣から声が響いた。サンタ帽をかぶった店員が、通路で何かの試食を配っている。帽子以外は明らかにスーパーの店員なのだけど、クリスマスを心待ちにしているほのかには関係ないらしい。 「あっ、こら!」  一瞬、判断が遅れた。突然走り出すほのかの手を離してしまって、京介は思わず声を上げる。すぐ追いかけようとしたけれど、姉のゆめかは入り口付近に並べられたケーキとシャンメリーのサンプルに釘付けになっている。 「ゆめか、後で見よう。ね?」 「やだ!今がいい!」 「ほのかが迷子になっちゃうからさ……、」  こんなことならさっさと片方をカートに乗せてしまえば良かった、なんて思っても後の祭りだ。半ば強引にゆめかを抱き上げたところで、聞き覚えのある泣き声がする。 「!」  反射的に振り返ると、通路のど真ん中でほのかが転んでいた。誰かにぶつかったらしく、目の前で立ち止まっている大人がいる。京介は慌てて駆け寄って、ほのかを抱き起こした。 「すみません、子供が……。って、」 「あれ?近江谷先生?」  見上げた先にいたのは、私服姿の紘人だった。なんで、と思ったけれど、そもそも彩花堂と京介の自宅マンションは一応徒歩圏内なのだ。通うスーパーが同じでもおかしくはない。しかも今日は日曜日、彩花堂の定休日。思いがけない邂逅に、別の緊張が高まる。 「紘人さんも買い物ですか?」 「うん。ここ、ちょっとした製菓材料もあるから、試したいものがある時に来たりするんだよね。今度見に来てよ」 「……今度もなにも、結構通っている気がするんだけど」 「そうだっけ?俺としては毎日でも来てくれていいのにな」  からりと言う紘人の言葉には、一点の曇りもない――ように思えた。幼児二人はといえば、突然『京介おじちゃんのおともだち』が出てきたことに色々吹き飛んだのか人見知りを発揮しているのか、珍しいほどのおとなしさを見せている。妙な沈黙が流れたところで、紘人が別の話題を振ってきた。 「その子たちが例の姪っ子さん?」 「うん。一番上の兄ちゃんのところの」 「そうなんだ。先生って何人兄弟?」 「三人。一番上が喫茶店継いでて、二番目が警察官やってる」 「先生って末っ子なんだね、分かる」  紘人は笑って手を差し伸べてきた。こんなところで頭を撫でられるわけにはいかない、と京介は視線で牽制する。 「紘人さんは?長男だとは思うけど、兄弟は?」 「妹と弟がいるよ。妹は結婚して家を離れてて、弟は県外の大学に行ってる」 「なるほどね」  紘人からすれば、京介のことなど手がかかる弟が増えたくらいの感覚なのだろう。そう結論づけて、京介は幼児二人と手をつなぎ直した。こんなところで立ち話を続けている場合ではない。じゃあまた、と立ち去ろうとしたところで、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。 「紘人ー、探してたやつあったよ」  明るい女性の声に紘人が振り返る。つられて京介もそちらへ視線をやった。そこには同じく私服姿の陽菜がいて、手を振っている。紘人はぱっと顔を輝かせて、陽菜の方へと足を踏み出した。 「あー良かった。どこにあった?」 「製菓コーナーの端っこのほう。一個あれば足りるよね?」 「うん、ありがと」  分かってはいたけれど、ずいぶんと仲が良さそうな様子に疎外感を覚える。お邪魔にならないように早く立ち去らねば。今はおとなしくしているゆめかとほのかも、また何かの拍子にどこかに行ってしまいかねない。 「お話し中すみません、俺はここで……」 「あっ、近江谷先生ごめんね!またごはん食べに来てよ」 「あまり行ったらその……迷惑だろ。じゃ、また」  ちらりと陽菜の方に目をやる。まるい瞳と目が合った。陽菜はいつも通りの笑顔で手を振ってくれる。紘人と並べば、誰が見ても幸せそうなカップルだ。休日に二人で買い物に来るくらいなのだから、付き合っていると言われても納得がいく。  ならばどうして夕食に誘われているのか。頭の中に疑問符が浮かび上がってきたところで、小さな手が京介の尻をぺしりと叩いた。 「京介おじちゃん!お菓子!」 「ごめんごめん。一個ずつだからね」  本来の目的を忘れかけていた。こうなったら自分用の菓子も際限なく買いたい気分だけれど、幼児二人と約束した手前そんなことはできない。  明日の朝にコンビニに寄って菓子の買い溜めをしよう。数日間は彩花堂もソレイユも行かなくていいように。  京介は密かに決意して、お菓子売り場へと向かうのだった。

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