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第34話

 どうせ送ってもらうなら部屋で話をした方がいい。京介の申し出に、紘人は素直に頷いた。  マンションに着いてからもお姫様抱っこで移動しようとする紘人を、なんとか阻止して部屋へと向かう。エレベーターを上がって二十三階、京介は緊張しながらも自宅前へと紘人を案内した。震えそうになる手でカードキーを操作して扉を開ける。 「ここ、です。……あの、最近全然部屋のこと出来てなくて、汚いかもだけど……」 「何かあっても見なかったことにするから大丈夫。……おじゃまします」  冗談めかして言って、紘人は京介に続いて部屋へと上がった。なんだか、緊張で上手く呼吸が出来ない気すらする。色々と自覚させられた後だと、今更ながらものすごく気まずい。深呼吸をすると、何かを勘違いしたのか紘人が顔をのぞき込んでくる。 「先生、具合悪い?やっぱり俺が運んであげるよ」 「だっ、大丈夫!一人で歩けるから!」 「そう?」  紘人はあまり納得していないようだったけれど、それには気付かないふりをして京介はリビングへと向かった。家具と仮眠用のブランケット以外、何も見当たらない部屋。 「紘人さん、適当に座ってて。何か飲む?」 「いや、さっき倒れた人に用意させられないって。お茶と黒糖まんじゅうなら持ってきたから」  紘人の力で腕を引かれたら勝てるはずなどない。ぽかんとしているうちに、京介はソファーへと着席させられていた。ややあって、隣の座面が少し沈む。紘人が隣に座ったのだ、と自覚したらじわりと心拍が上がった。 (……どうしよう、)  さっき抱きしめられた時の体温が、ふわりと思い起こされる。心地好くて安らぐ感覚。  ここまできたら、もういいだろうか。京介はそっと、紘人の方へ身を寄せた。肩へ頭を預けると、ぴくりと紘人の身体が硬直する。やがて、恐る恐るといったふうに、紘人の手が京介の頭を撫で始めた。ぎこちないけれど、不思議と居心地の良い沈黙が流れる。  それを先に破ったのは、紘人の方だった。 「……俺さ、物心ついたときから彩花堂を継ぐものだ、と思っていたんだ。和菓子職人以外の道はないんだ、って。だから、高校も調理科の――、製菓コースがあるところに行っていたんだ」  突然語られる、紘人の過去の話。懐かしむでもなく感情をあらわにするわけでもなく、ただ淡々と。事実を述べるだけの紘人に、京介はただ頷いて答える。 「高校で調理科に行く男子って少ないんだよね。絶対数が少ないと、恋愛対象にされることが多くなる。俺も何回か女の子と付き合うことになってね」 「……」  紘人の言うことは分かる。男女比が偏ると、少数の側がちやほやされることは珍しくない。京介自身、医学科にいて救急の道を志して女子の方が少なかった環境だったから、同じように感じたことはある。ましてや人当たりも良く整った顔立ちをしている紘人のことだ、女子が放っておくはずがない。  納得したと同時にどこか面白くないとよぎったのは無視して、京介は次の言葉を待つ。 「そこで気付いたんだよ。俺の恋愛対象って、女の子じゃないんだ、ってこと」 「それって……」 「いわゆるゲイ、ってやつ、かな。自分は男の人が好きなんだ、って自覚したけど、自分でも気持ちの整理をしきれないまま高校を卒業して進学したんだ」  京介はちらりと紘人の顔を見上げた。その表情は変わらず、今の話を他人事のように片付けているように見える。それがなんだか切なくて、京介は膝に置いた手をぎゅっと握り込んだ。 「しばらく誰にも言えなかったし、言おうとも思わなかった。変わったのは、専門学校に入ってからのことでね」 「……陽菜さんに出会ってから?」 「察しがいいね、先生」  紘人は初めて自嘲気味に笑った。陽菜がどうしたのだろう。京介の心がざらりとざわめく。

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