35 / 41
第35話
「あいつ、女の子と付き合ってたんだよ。恋愛的な意味で」
「……えっ?」
「あ、付き合ってた、は間違いか。いっとき遠距離してたけど、今も関係は続いているよ。陽菜の店でマカロン置き始めたの知ってる?あれ、海外修行してきた陽菜のパートナーが売り場を間借りしているんだよ」
「……」
知らなかった。驚きを取り繕うこともせずに顔を上げると、珍しく迷いのある紘人の瞳と視線が交わる。
「陽菜は早々に家族にも友達にも関係を伝えて、割と上手くいっていたんだよね。それを見て、陽菜にも励まされて勘違いしちゃったんだ」
「あ……、」
話が見えた、気がした。イレギュラーな関係は、必ずしも世間に歓迎されない。最近の世の中は制度だなんだと動き始めてはいるけれど、十数年前は今より風当たりが強かったであろうことは容易に想像ができる。
「両親にカミングアウトしたらまあ酷くてね。特に父親かな、頑固親父を地で行くような人だったから」
「……」
「卒業の半年前だったかな。居心地悪くてそのまま家出して、卒業してからは逃げるように京都に行ったんだ。母親の方は段々理解してくれたけど、父親とは死に別れるまで一言も話さずに終わって」
紘人はひとつ息を吐いた。これは確かに、容易に探っていい話ではない。陽菜が口を滑らせかけてから口止めをしてきた理由も、今なら分かる。
「陽菜はこの一件について、大分責任を感じていたみたいでね。今後俺に好きな人ができたら全面的に協力する、って言ってくれたんだ。まさか、本当に協力を頼むことになるとは思っていなかったけれど」
「え?」
紘人は京介の頭を撫でていた手を止めて、にこりと笑った。何かを吹っ切ったような清々しくて、それでいてどこか寂しげな笑顔。
「父親が死んで店をたたむかどうか、って話になって、まだ大学生の弟のことを考えて戻ってきたのが去年の六月。初めて店先になったときに見かけたお客さんに一目惚れして、どうにか声を掛けようと考え始めて……、色々目立つ上生菓子を作り始めて」
「それって……」
思わず京介は紘人の方へ向き直る。そんな、まさか。変な期待と消化しきれない感情が渦巻いて、心拍数を上げてゆく。
「そのお客さんが『一つ目お化け』を見ていた日に、やっと声を掛けられた。その日に、相手の名前が『近江谷さん』だって知ったんだ」
「――っ!」
じっと見つめられて、ひゅっと息が詰まる。耳元に心臓を持ってきたかのように、鼓動が近い。
「好きだよ」
たった四文字が、胸の一番奥を確実に打ち抜いてくる。ふるり、と目蓋が震える。
「やっと距離を縮められたかと思ったら急に避けられるようになって、どうしようかと思ったけれど……」
「っ、だって、紘人さんは陽菜さんと付き合っているものだと……!」
言いかけて京介ははっと口を塞いだ。これじゃあ、勝手に二人の仲を邪推していたことも、自分の本心も一気にバラしてしまっているじゃないか。
ともだちにシェアしよう!