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第39話

「っは……、」  キスが深くなるにつれ、口角を二人分の唾液が伝ってゆく。勝手に甘えたような声が漏れる。  このまま全部蕩かされてしまいそう――、よぎった時にようやく唇が解放された。うっすら涙の膜がかかった視界の中で、紘人が困ったように笑っている。 「ごめん。本当、可愛くて止まらなくなった」 「……別に、止めなくて良かったんだけど」 「今日倒れた人にこれ以上できないよ。……このままだと、もっとしちゃいそうになるから」 「っ……、」  紘人の言う『もっと』は、キスのことではない。キスの先にある、恋人同士の交わりのことだ。そう感じた証拠に、紘人の目には見たことのない熱っぽさが灯っている。なぜか紘人に組み敷かれている図が頭に浮かんで、京介はさっと頬を染めた。 「大丈夫。嫌ならこれからもしないし、するとしても絶対に無理矢理にはしないから」 「……」 「せっかくお休みをもらったんだし、まずは身体を休めてもらわないと。……運ぼうか?」 「だっ、大丈夫!さっき寝たし、食べたし、歩けるから!」  紘人の口調からして、彼は当たり前に京介を抱くものだと思っている。なんとなく釈然としないけれど、逆の立場よりもしっくりきてしまうのも事実だった。ドキドキと早鐘を打つ心臓を宥めつつ、京介はソファーから立ち上がる。そのまま寝る支度を整えるべく洗面所へ向かいながら、ぼんやりと思考を巡らせた。 (けど、なぁ)  紘人は相当の覚悟で、本気の想いをぶつけてきてくれている。それに応えるために、彼の求めを全部受け入れたい。何をするのか知らないわけではないけれど、男同士でコトに及ぶのは初めてだ。でも紘人のことだからゆっくり進めてくれるだろうし、初めてでもどうにかなる、と思う。最初から上手くいく保証はないけれど、紘人ならきっと幻滅したりはしないだろう。やっぱり無理だと言われたら、その時に考えればいい。  ここまで考えて、京介は気付いた。紘人となら、キスの先に進むことに全く嫌悪の類を感じないこと。むしろ、抱かれる理由をなんとか探していること。同性であることに対して抱く疑問など、二の次どころか微塵も存在しなかったこと。思ってもみない自分の心境に、京介も驚く。 (……よし、)  寝る前の歯磨きやらなんやらを済ませ、京介は決心したように深呼吸をした。そのままリビングに戻り、紘人の隣へと座る。 「……紘人さん」 「ん?どうしたの、京介さん」 「俺のこと、本気で抱きたいと思う?」 「へあっ!?」  紘人から聞いたこともない間抜けな声が漏れた。みるみるうちに、その頬が熟れた林檎色に染まる。 「そ、そりゃあ、もちろん抱きたいよ?どうしたの、急に」 「だったら、好きにしてほしい。柔らかさのかけらもない、貧相な身体だけど」 「……っ、」 「そう思えるくらいには、俺も紘人さんのこと、好きなんだからさ」 「もう……ずるいなぁ」  紘人は照れたように笑って、京介の腕をつかまえる。そのまま膝の上に細い身体を抱き寄せて、腰へと腕を回す。 「二週間だっけ、京介さんのお休み」 「あ、うん。多分」 「それじゃ、その間にしっかり休んでごはんも食べてもらって、調子が良くなったらその先にも進んでみようか。せっかく時間もあるし」 「……お願いします」  京介が頭を下げると、ありがとう、と言わんばかりにキスが降ってくる。それが心地よくて、京介はゆるりと目を閉じて紘人へと身体を委ねたのだった。

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