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第40話

 それからの時の流れは、あっという間だった。  最初の二、三日こそ思わしくなかった体調も、紘人の手厚すぎる世話と三食手作りごはんによってすっかり回復していた。京介はリビングのソファーで一人伸びをする。時刻は午前十時、いつもなら当たり前に仕事をしている時間。 (紘人さんは仕事だしなぁ……)  和菓子屋の朝はかなり早いようで、紘人は朝六時前にはもう出掛けてしまう。それでも冷蔵庫の中には、きっちり京介の分の朝食と昼食が入れられているのだ。付き合って一週間あまりなのに、すっかり甘やかされてダメにされそうな気がする。この際、元々の生活が不摂生極まりないことは置いておくことにする。  さて、どうしたものか。半強制的に休みを取らされている以上、職場に行っても追い返されるのは目に見えている。それに、瑞樹が紘人と連絡を取り合っていることを知ってしまえば、追い返されるだけで済まないことも容易に想像がつく。 「……ソレイユにでも行くか」  そういえば、紘人と上手くいってから陽菜とは会っていない。紘人の話だとだいぶ協力してもらったらしいから、挨拶くらいはしておかないと。  京介は手早く外出の準備を整えて外へ出た。冬の空気が、するりと横を吹き抜けてゆく。久しぶりの外の空気を思い切り吸い込めば、鼻の奥がきんと冷えた。  賑わいだした街の中を進んでいけば、やがて目的の店が見えてきた。世間はそろそろバレンタインデーらしく、店のガラスは『Happy ValentineDay』の文字と、色とりどりのハートで飾られている。 「……よし、」  いざ、陽菜に会うのだ、と思うと全身に妙な緊張が走る。それでもいつかは話をすべき相手だ。京介は意を決して店内へと入る。 「いらっしゃいませー、……あっ!」 「……お久しぶりです」 「本当に久しぶりですね、近江谷先生。今日はどうします?バレンタインも近いし、チョコレート系が充実してますよ」  ふわりと笑う陽菜は、最後に会った日と変わらない。変に高鳴ってくる鼓動を無視しつつ、京介はまっすぐに陽菜の前へと足を進める。 「あの、陽菜さん」 「なんですか?」 「……紘人さんのお父さんの話、聞きました」  京介の言葉に、陽菜は大きな目を更にまるく見開いて、すぐに破顔した。そうしてすぐにカウンターから表へ出てきて、京介の手をぎゅっと握る。 「全部、聞いたんですね。私のことも、紘人の気持ちも」 「はい」 「先生は、どうすることにしたんですか?」  陽菜にはそれだけで全て分かってしまったらしい。紘人が過去のことを話すのは、想いを告白する決意がついたとき、というのを知っていたのだろうから。  京介は陽菜の手をそっとほどき、店内に他のお客さんがいないことを確認する。それからひとつ深呼吸をして、陽菜の瞳へと視線を合わせる。 「お付き合いさせて頂くことになりました……、紘人さんと」 「じゃあ、晴れて恋人同士ですか?」 「……まぁ、えっと、そういうことに」  段々恥ずかしくなってきて素直な言葉は出なかったけれど、京介はしっかり紘人との関係を口にした。遅れて顔が熱くなってくる。陽菜は心底ほっとしたように京介のことを見上げた。 「良かったー!なんだか誤解させちゃってるみたいだから早く手を打ったら?とは言ってたんだけど、紘人も意外と頑固だからねー」 「……それは、」  紘人と陽菜の関係を深読みしていたことについてだ、と察して京介は曖昧に返事をした。陽菜はいつから気付いていたのだろう。『全面協力』だから紘人の気持ちについては最初から知っているはずだけど、京介のことについてはどうなのだろう。もしかしたら、京介が気付くのに遅れた淡い恋心なんて、陽菜にはとうの前に分かっていたのかもしれない。 「先生の想いを先生本人の口から聞くまでは絶対に告白しない、なんて言ってましたからね、紘人は。まあ、最終的に『なりふり構わず行け!』って発破掛けていたのは瑞樹ちゃんだけど」 「萩野が?」 「病院の当直室まで行ったんだって?その時にしびれを切らせちゃったみたいで。よっぽど近江谷先生のことが心配だったんですね、瑞樹ちゃん」 「……そう、だったんですね……」  果たして、どこからどこまでが筒抜けなのか。この辺の人たちに今までの姿を観察されていたのかと思うと、気まずいような恥ずかしいような、微妙な気分になる。  苦い表情をしている京介に、陽菜はふわりと優しい笑顔を向ける。 「あとはお二人次第だと思いますが、ひとまずおめでとうございます。ちょっと待っててくださいね」  陽菜は、うきうきとした様子でカウンターの中へと戻っていった。すぐにケーキ数種類と焼き菓子の詰め合わせ、色とりどりのマカロンが綺麗にラッピングされて目の前に現れる。 「お祝いです。お代はいいですよ」 「えっ、それは……」 「その代わりといっちゃアレですけど、紘人のこと、よろしくお願いします」  深々と頭を下げられて、京介は慌ててかぶりを振った。よろしくしてもらうのも、散々迷惑をかけたのも、こちら側だというのに。  今度は私のパートナーも紹介しますね、なんて言われながらソレイユをあとにする。もうすぐお昼時だろうか、定食屋ののれんもちらほらかかり始めている。 (よろしくお願いします、か)  紘人が帰ってくるまで時間はある。京介は少し迷って、スーパーの方角へと足を向けた。  せっかく、色々な人がこの関係を快く受け入れてくれたのだ。世話されっぱなし、やってもらいっぱなしでは、他の人にも申し訳が立たないような気がする。京介はひとつ決意をして、商店街の中を進んでいった

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