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第四話
リルは数か月前のことを思い出した。
両親を流行り病で亡くし、古書店で雑役として働いていた。やっとの思いでありついた仕事はとても恵まれたものだった。狸の主人は物静かで優しく、親身になってリルの面倒を見た。店主は元々王立宮廷図書館の司書で流行り病で子どもを亡くしたのもあり、リルにさまざまな本を渡して教養と知識を与えた。国のために忠誠を尽くし惜しみなく働くことを教え、リルは大好きな本に囲まれながらこつこつと働いていた。
その日の市井は雑多な店構えが立ち並び、店の中にも罵声にも似た声が飛び交っていた。朝市の喧噪で賑わい、鳥人達の笑い声がけたたましく響いていたのを覚えている。
店主は買物に出かけており、リルは画集や版画に初版本、それに学術専門書などを書架に納めていた。隣の棚に並んだ文学全集が目に入ったとき、低い男の声が横から入った。
『おまえは、ここのものか』
鋭く、大気を切るような声だった。
『……はい』
リルが視線を向けると帽子を目深に被った長身の男が店のとば口に立っていた。リルは道を尋ねられたと思い顔を上げ、薄暗い店のなかで目を細めた。
視線が、男とかち合う。そのとき、運命を秘めた赤糸がぴんと張った気がした。
『みつけた』
男は躊躇なく店の中に入り、リルの手を掴んだ。帽子の下から白く密生した毛が見えた。リルはつきあげてくる愛しさを感じた。
『……あの』
『私の番い』
『……んっ』
リルの唇を押しつけるように、男は胸元に抱き寄せた。
はじけるような愛しさが全身を走り抜け、どきどきと胸の動悸を打った。身体は張り裂けるほど熱くなり、燃えあがるような渇望に冒されていく。まるで焼け爛れるような灼熱が下腹部を疼かせ、リルの奥底を満たそうとした。
『これが運命か……』
男は自嘲気味につぶやき、リルに深く口づけをする。互いの唾液を取り交わすように唇を押しつけて啜った。
『……ッ』
『あまい』
差し出された手を払おうとすると、さらにつよく握り返され引き寄せられた。そばに置かれた古書が鈍い音を立てて石床へと落ちる。
『名前をいえ』
『……リルです』
『リルか』
『そうです』
『よい名だ』
王家の紋章が刻まれた指輪を光らせ、男はリルの顎をとらえてリルの顔をまじまじと見た。傲然と構えて立つ男に、リルの体は硬直して動けなかった。
男に手を引かれ、リルは馬車に押し込まれ宏壮な王宮に連れて行かれた。破くように服を脱がされ、牝となった柔らかな後孔を犯される。男は乗駕欲を抑えられず、尻にのしかかり、うなじを咬んでリルを番いにした。
リルが寝台から飛び起きると、男は隣で煙草を咥えていた。煙をくゆらせる男の隣で、リルは差しこむ陽光の眩しさに目をこする。周囲には古典的には壁画、金色に塗られた暖炉、精巧にできた時計が目に入った。
『……あの』
『どうした?』
男は煙草の火を灰皿にこすると無表情な顔で、背中を向けて横になった。真っ白の、色艶のよい毛先がふわふわと揺れている。それが王だと、リルはすぐにわからなかった。
『……帰ります』
『おまえに帰るところなどはない』
『え……』
『おまえは妾として置いておく』
『めかけ……』
きっぱりと云い切る彼の横顔に目を丸くしてしまった。言葉が浮かばない。
『そして王の番いとしてそばにいろ』
はっとしてうなじに手をやると、糜爛した皮膚がじわじわと痛みを放っていることに気づいた。
『……っ』
『痛みは我慢しろ。あとで御医に痛み止めを塗ってもらえ』
大量に注がれた濃い精液が、ほどけた後孔から垂れていたことに気づく。すでにこの人の番いになっている。
この部屋に漂うおそろしくあまい香りに、リルはすぐに逃げたくなった。
『……あの』
『私は寝る。逃げたら命はないと思え』
『……』
男はリルの言葉を無視して、眠りに吸いこまれていった。そして目を覚ますと侍女を呼び、リルを豪奢な宮廷着に着替えさせ、大広間にてあのひと言を発したのである。
それからだ。離れに囲われ、部屋には鍵をかけられ外出も禁止された。許されているのは中庭のみで、ほとんど軟禁にちかい状態だ。
「これはなんだ」
ガーレフの声にはっと夢からさめたように気を取りなし、リルはぽつりと答えた。蓋付きのチェストの上に飾られている花に目がいく。
「……は、花です」
「庭のか?」
浅浮彫の瓶に、リンドウの花が顔をだしていた。中庭は色鮮やかな草花から、香りの高い植物が盛んに茂っていた。奥には王家の墓地が眠っている。
植物は食用、生活用、薬用など色々な役割を果たし、庭師と薬草師が手を合わせて世話をしていた。その中で群生せずに一本ずつ咲く紫がかった青の花姿が散歩をしていたリルの足を止めた。青く凛々しい印象に、なんとなくガーレフの瞳を思い出したのだ。
「はい。庭で咲いておりましたので……。花の根は薬にもできるとヴィルから伺いました。他にも様々な薬草を栽培しており、とても興味深く、いくつか書を読みました」
「そうか」
ガーレフはにやりと笑いを浮かべ、リルの腕をむんずとつかんだ。
「リル、風呂に入ってこい」
「……もう用意は済ませております」
リルはすでに身体の隅々までを清めていた。食事を済ませると寝室へこもり、ガーレフが来るのをじっと身構えて待っていた。
「よい心がけだな」
ガーレフは立ち上がり、リルを寝室へ引き連れるように引っ張った。
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