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第七話

  「は~! やっと解放された。しっかし、また図書館かよ」 「……すみません。また図書館へお願いいたします」 「はあ、しょうがねぇな」  草木が育ち、秋に蒔いた麦の穂が育っているのがリルの目を和ませる。陽光は柔らかい草木を照らし、兎やリスの獣人たちが歩いて、その後ろで人間が湾曲した背には襤褸をまとって畑を耕していた。小手をかざして眺めると、わずかに感じる暑さにリルの額に汗がにじむ。 「……あの」 「なんだ?」 「ヴ、ヴィルさん」 「ヴィルでいい」 「すみません……」 「で、なんだ?」 「……僕はこのままでいいのでしょうか」 「いいんじゃないか?」  ヴィルは横を向いたまま、渋る様子もなく快活に答えた。それでもリルは疑ってかかる。 「そうでしょうか……」 「人間、考えなくてもいいってときがあるからな。飯も食べられて、ふかふかの寝台で眠れるんだ。他に悩むことなどねぇだろ。まあ、自由が少し足りないけど、のんびり過ごしたほうがいい」 「……本当に、そうでしょうか」 「そうに決まっている。むしろ、離れから逃げてみろ、人間なんてすぐに捕まる」 「それはそうですね」  獣人は人間よりも耳も鼻も良いので、すぐに痕跡に気がつき、網を張る前に捕まってしまう。リルが過ごす部屋はつねに錠がかかり、厳重に閉ざされている。外に出たいときはチサンに申し出なければならない。 「つうか、また図書館かよ。たまには山とかにも行きてぇな。ずっと静かにしなければならねぇの苦手なんだよ」  ぷいと横を向いて拗ねるヴィルに、リルは噴き出しそうになった。ずいぶん年上なのに、どうしてか子どものような表情をするときがある。黙っていれば寡黙な虎獣人の元師団長だが、口を開くと冗談ばかり話している。遠慮ない口を利いては宮廷での実情やガーレフがいまなにをしているのか伝えようとしてくれる。話す相手が限られているリルにとって、手厳しいチサンは鞭で、ヴィルは飴だ。気心の知れた、家族のような親しみを抱きつつ、二人はリルの穏やかな生活を支えてくれた。 「しっかし、連日のごとく勉強熱心だな」 「はい。貴重な書や石版などたくさんの書物が保管され、古くから残された古文書や書物は智を教えてくれます。どれも興味深く、こうして図書館への立ち入りを許可してくださった陛下に感謝しきれません」 「は~お人よしもここまでくるかねぇ。真に本に耽溺しているってことか。ま、ここにいてもいいかって聞かれても大丈夫じゃねえか」 「そう考えるとそうですね」  自分は自分で楽しく過ごしていたことに気づき、リルはうれしそうに目を細めた。ガーレフが離れに足を運ばないようになって、ここにいてもよいのか不安になっていた。が、ちゃっかりとうまく楽しみを見つけている自分がおかしくなった。 「まあ、心配する必要はねぇな」 「……しんぱい?」  ヴィルは声を落とし、リルを真っ正面からとらえた。リルはまだ外を眺めて楽しんでいる。街並みはかわり、樹々の若葉が濃い緑色へと変わって、その葉の色は水が滴るようなみずみずしさを持ち濃い影を落とした。 「陛下が婚儀を挙げられるそうだ」 「…………」 「日はまだ決まっていないがな」 「……そうですか」 「議会も荒れているからまだ先だろう。まあ、そういうわけでのんびりと本の世界にいたほうが無難というわけだ」 「そうでしょうね。ありがとうございます」  コツコツと軽快な足音を立てて馬車が進んでいく。名だけの婚約破棄はまだ悄然と残ったままだったが、とうとう決まった。リルは驚きもせずに、ただ静かに流れていく街並みを眺めていた。 「やけに素直だな」  ヴィルの視線がリルをとらえるが、リルは目線を変えない。藍色の瞳は白く可憐な花畑を愛でていた 「陛下の判断は正しいと思います。それがあるべき姿ですから」 「リルは本当にそれでいいのか?」 「ええ。国のためになるならばそうするべきかと。本来、僕のようなものが、王宮などに足を踏み入れることなんてありえませんから……」  王であるガーレフと人間の、自分の血を混じらせてはいけない。たとえ番いとして選ばれても、ガーレフという畏怖する存在に気安く触れてはならない。何百年と続く王位継承の伝承がその証だった。 「健気なこった。さすが、王家の墓に毎日花を置くだけあるな」 「日課ですから……」  中庭の奥に王家の墓が眠っているのを教えてもらって以来、リンドウの花を手向けの花として供えていた。王位についたとき、ガーレフはまだ少年だったという。ガーレフは涙を見せることなく、王冠を被った。敵国に囲まれたこの国を治めるために間諜を放ち、敵情を知ると通謀して裏切った者の首を刎ねた。それが若き王の宿命だった。 「ちっ、そろそろ着くぞ」  鮮烈な緋色のような薔薇がリルの目に入った。図書館の中庭についたようだ。噴水の泉から跳ねた水が輝き水面が鏡のように反射している。 「暮れる前には帰りましょう」 「リル、あんまり根を詰めすぎるなよ」  口は悪いが、人情に篤い性格なのは知っている。顔を明るくして笑うと、ヴィルはしょうがねぇなという顔で返した。 「もちろんです。さ、着きましたよ」 「ああ」  

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