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第十五話

 出したくなったら……、というのは排尿だ。昨日アーミルに尿瓶でしてもらっているのを見咎め、自らがやると言い出して聞かないのだ。 「私の前で出せただろう」 「そ、それは……」  ……恥ずかしいからいやです。  とも言えない。便意のときは運んでもらうが、数が多い尿意はそうもいかなかった。我慢してガーレフがいないときにしようとしたが、間に合わず目の前で出したときがあった。そのときのことをガーレフはこだわっている。 「恥ずかしがることはない」  そう言われても恥ずかしいものはしょうがない。ガーレフは尿瓶を毛布の下に滑り込ませ、下腹部を優しく撫でた。リルは両手で顔を隠し、情けない音が鳴り終えるのを消えたくなる思いで用を足した。  ……うう。自分が出しているなんて思いたくない。  なにからなにまでおんぶにだっこだ。以前とちがって、どう応えたらいいのかわからない。情けないし、身体だけ求められて放置されていたほうがまだ楽だった。愛させてくれとは云ったが、ここまでしなくてもよかったとも本人に口にできない。 「食べ終わったら、散歩に行く」 「……はい」 「散歩が終わったら本を読んでやる」 「…………はい」  ぶっと扉後ろにいたヴィルが噴き出した声が聞こえた。ガーレフが閉じた扉を睨みつけた。丸聞こえなのだ。それにおかしいのはわかっている。至れり尽くせりだが、どこか横柄な態度の陛下とかしこまるリルたちのちぐはぐなやり取りに笑っているヴィルの気持ちも分かる。  身体を拭いてもらい、上着に羅紗を羽織り、リルはガーレフに横抱きにされて中庭に出た。 「だいぶ食欲が出てきたな」 「ええ。縫ったところが塞がってきました」 「……そうか」 「陛下のおかげです」  ガーレフの柔らかい胸元が頬に触れ、その下に隠された逞しい肉体を感じた。 「……まだ冷たいな」 「陛下はあたたかいですね」 「……あたたかい?」 「はい。あたたかくて、とても心が穏やかな気分になります」 しまったとリルは思った。   なんとなくそう口にすると、ガーレフが黙り込んでしまった。また失敬なことを口にしてしまったのだろうかと、リルも口を閉ざしてしまう。近ごろ、つい思ったことをそのままガーレフに伝えてしまう癖ができてしまっている。  ガーレフはリルを抱きながら芝生の絨毯と薔薇の花壇を横切る。季節折々の植物が咲き誇っていたが、昨夜の雨で水溜りが所々できていた。 「父と母の墓に花をやっていたそうだな」 「ご、ご無礼をお許しください」 「そうではない。おまえは優しいな。礼を云う」 「そんな……」  リルは顔を赤らめて、視線を逸らして黙った。木々や草木の緑は濃く色鮮やかに生い茂る。ガーレフは黙然とリル抱いて歩いた。そして王家の墓の前まで来ると立ち止まった。 「殺して欲しいと云ったそうだな」 「……え」 「ハルンからそう聞いた」 「……そうですか」 「そう思わせてしまったのだな」 「ちがいます」 「ではどうしてそう思う?」  リルは言い淀んだ。 「……十分幸せでしたが……、もう悲しい思いをしたくありません」 「……それは、今もか」  ガーレフは言葉を継ぐ。 「いまも死にたいと、そう思っているのか?」  真上から見下ろされたが、その表情はなにもうつしていない。リルは答える。 「……わかりません」 「私を愛しているのか?」 「……」 「私がおまえを愛していると云ったら、おまえはどうする?」  リルを支える腕に力がこもった。 「お気持ちだけありがたく頂戴いたします。これ以上ご迷惑をかけたくありません」 「ちがう。私はおまえと婚儀を交わしたい云ったら、どうすると聞いている」 「それは。……お受けできません」 「なぜだ?」  ガーレフはリルに問うような視線を向けた。 「娶らないと仰せつかっております」 「……」 「私は陛下と番いになれただけでよいのです。それ以上は望みません。ただ獣人は獣人を番いにするべきだというこの国の考えです。国民はそれを望んでおります。私のような痴態を晒すより、陛下にふさわしい王妃をお迎えください」 「……断るということか」 「はい。申し訳ございません」  リルは深くおじきをするように、ガーレフの温かな胸の中で頷いた。 「わかった」  ぎゅっと手を握られてほほ笑んだ。これがリルの出した答えだった。 「愛は、アーミル様からいただきます」 「……そうか」  ガーレフはリルを見て、視線を前へ戻した。  眼前にリンドウの花がひとつ咲いていた。離れに戻ると、ガーレフは部屋を出ていった。それから数日、離れに姿を見せない日が続いた。

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