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第十六話

◇◇  アーミルの診察が終わった。  この日のアーミルは陛下の耳許で診察結果を短く伝え、深くおじぎをして部屋を去った。 「陛下、今日は僕がお茶を淹れます」 「いい私が淹れる。茶葉はどれだ」 「こちらにございます」  リルは寝台から起き上がり、そろそろと歩いた。ベルを鳴らすと階下からチサンが茶器と湯を用意してすぐに戻った。 「なんだ、これは。丸いぞ」 「工芸茶です。茶葉を細工して花を組み合わせて作られています。陛下が甘いものが好きだと聞いたので、アーミル様からいただきました」  丸められた一珠を透明の茶器に入れて湯を注ぎ、蒸らす。真っ白なジャスミンの花がぽんぽんと浮かんだ。茶湯の中が揺らいで、鮮やかな黄色の茶湯の中に花が咲き、爽やかな香りが漂った。味は清涼感があり、後味がとても甘いという。 「あいつ、なんでも喋るな」 「あ。いや……白茶には集中力と記憶力を高める働きがあるそうなので勉強の合間にとも……」 「まあよい。いただこう」  色は白いが、柑橘系の果実の香りが立ち鼻孔をくすぐる。ガーレフの黒々とした鼻がぴくぴくと動き、リルはその様子に笑みがこぼれた。 「茶葉はびっしりと産毛のような白い毛が生えているんです。陛下のようで、めでたいお茶だと伺いました」 「そうか……」  ほほ笑むと、ガーレフはリルから視線を逸らした。 「だいぶ身体の調子がよくなったな」 「ええ。陛下のおかげです」 「リル、明日から王宮に戻る」 「承知いたしました。陛下、ありがとうございます。無理なお願いばかり申し訳ありませんでした」  リルは深く頭を下げた。すっかり歩けるようにまで回復していた。 「……今もしあわせか」 「はい」 「私はおまえにひどいことしかしてない。傷つけてばかりだ。それなのにどうしてそういうことを云うんだ」 「ひどいことではありません。僕は陛下のそばにいるだけで、満たさせるのです」 「満たされるか」 「ええ。陛下がおそばにいるだけで、ほっこりしまう。花を見て、食事を共にしていただき嬉しいのです」 「馬鹿な」 「馬鹿です。でもしあわせなのです」 「私はおまえをそばに置きたい。それにアーミルとヴィルにも妬いてしまう。自分以外に笑いかけて欲しくない」 「それは……」 「嫉妬だ」  ガーレフはくやしそうに顔を顰めた。 「……」 「アーミルからきつく云われた。初めて会ったとき、深く愛してしまわぬよう抗った。……いまさらだが、信じなくてもよい。おまえを深く愛している」 「え……」 「一生守ると決めた。二度とおまえを、いやそなたを傷つけない。リル、私の傍にいてくれないか」  跪いて、リルの手を取った。手の甲に口づけをした。 「……」 「私はこの命をリルに捧げる」 「そんな……」 「リル、愛している」  射るような視線だ。うれしい。うれしいけど…。 「……陛下」 「いかなる罰も受けるつもりだ」  リルの藍色の瞳から涙が落ちた。とめどなく涙がせきあげる。  リルは深く頭を下げた。 「番いはおまえだけだ。すべて生きやすいよう整えた。共に生きてくれないだろうか」  昨夜、提出した法案は議会の審議を経て可決された。本日から奴隷廃止法が施行されている。 「……そんな、ずるいです」 「ああ、私はずるい男だ。リル、そばにいてくれないだろうか」  堂々として厳しさを纏う白虎が見上げる。食い入るように熱い眼差しが向けられ、リルの喉がひくりと動いた。  逃げ場などない。この国の王は絶対だ。 「……はい」  小さな返事だった。

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