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八話ー雅Sibeー

  あの子と初めて出逢ったのは、中学校の教師を勤めてから四年経った頃だった 夏バテで倒れた先生の代わりに国語の授業をする羽目になった僕は、内心嫌気がしていて自己管理くらいしてほしいものだと溜め息を吐く 毎日がどうでも良くて、同じ日々に呆れつつあった僕の心はポッカリと穴が空いたように詰まらないと感じていた けれど、その教室に行った瞬間に世界は色付いたように鮮やかにクリアに広がって…僕の空いた穴が埋まったような気さえ思った どこにでもいる整った顔、綺麗な唇に風に揺られてなびく漆黒のストレートヘア、細い腕は力強く握れば折れそうなくらいで、その辺にいる女子よりきめ細かい白い肌をしている なんでも持っていそうなのに、あの子の瞳には何も写してなどいなくて 僕の心を射抜いた瞬間だった あの子が僕を愛してくれたら、僕だけを見てくれたら、僕のモノになったなら きっと僕は”本当の意味で幸せになれる“ それからはどう近付こうか色々調べて、あの子の孤独を知った 知れば知る程、ますますあの子が欲しくなって 僕の心も膨れ上がった ゲイバー通いをしているという情報を手にした僕は迷わずにあの子に会いに行く (…お金を持ってそうな人ばかり選んでる…) そこで見たのは、あの子が他の誰かと密着して楽しそうに何かを話している姿だった 一応身だしなみは整えているし、学校にいる時とは別人のように着飾っている しかし、今にでも飛んで行って邪魔をしたい衝動を押さえ込んでいた 今ここで飛び出せば、僕の計画は台無しになる それだけは防ぎたかった 完璧に僕のモノにするには、他の”一夜限りの相手“とは逆の事をしなくてはならない だから僕は、ある行動をする 『…ねぇ、私にも構ってくれるかい?』 他の誰かよりも先にあの子の側を手にすると、僕は計画をスタートさせた いかにもお金持ちだと思わせる格好をして、紳士のような気品のある自分を作り上げて 案の定あの子は僕の罠に引っかかり、僕は内心とても喜んでメチャクチャにしたい欲望を押さえ込む ここで手を出せば、他の馬鹿と同じになるのは目に見えている 最初は知り合いになり、次は理解者になる必要があった僕は他の馬鹿よりも多くお金を払ったし身体の関係も求めなかった そもそも僕自身が、付き合った相手以外とセックスをしない主義だからというのもあるけれど まぁ、そのお陰であの子を今では僕のモノにできた訳だし (うーん……昨日のはちょっとやりすぎたかな…) 保健室の窓を開ければ、煩い蝉の鳴き声が更に煩く鳴いていたが煙草を吸うには仕方ないと思いながら火を付けて一息吸って吐くと昨日の事を思い出していた ここ最近、隆樹の周りに付きまとう輩が居たのは気付いていた 友達一人くらいならと僕も思う所はあって… しかし、それでも一緒に居る時間を捕られるのは嫌な訳で一昨日の夜に気になって聞いたら僕達の関係を知っていて近づいてきたと言われた それだけじゃない 隆樹は今までずっと誰かと話したり親しくなる事をしなかったのに、その人だけは強く突き放す事も関わらないようにするのもしなかったのである だから思ってもいない行動を昨日してしまった 普段なら、良く隆樹の身体に触れたり抱きついたりしていたのに……昨日はそれすらもせずに素っ気なく振る舞って隆樹を傷付けた きっと怒っているだろう それとも、不安になっているだろう 僕からのスキンシップは愛情を伝えるモノだから 隆樹もそれを分かっていて、本気で嫌がる事をしなかった 誰よりも愛に飢えて育った子だから (…早めに謝ろう) 二本目の煙草を付けながら、僕は自分の愚かさを改めて悟った 僕だけだった隆樹に、他の誰かに捕られてしまう事が怖くて…僕だけを見ていたあの瞳が他の誰かに向けられる事が嫌で、僕は酷く嫉妬深くなっているのに気付いた 僕だけの隆樹であってほしいと願ってしまう自分は、愚かで醜い生き物なのだろう こんな僕でも、隆樹は僕を選んでくれるだろうか ……この不安が拭えるのは、きっと隆樹だけ

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