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EP.3

 今日の献立は豚肉の生姜焼きにブロッコリーと茹で卵のサラダ、ニラ玉の味噌汁。海が夕飯を作っている間は手伝わずに部屋の掃除などをしていればいいと言われていたから、やることもなくテレビを眺めているだけ。  泉帆は壊滅的に不器用だ。それは料理でも例外ではなく、海に夕飯を作ってもらうようになった理由の一因でもある。自炊をしないのかと聞かれた際に茹で卵すら綺麗に作ることができないと言った時の海の衝撃的な顔といったら。  自分の勉強にもなるし、ストーカー被害について親身になってくれた泉帆へのお礼も兼ねて。海の言葉に美味しい料理が食べられるのなら大歓迎だと頷き、朝食や弁当用にも作り置きをしてくれるから食費以外でも自由に使ってくれて構わないと多めに毎月金を渡している。余った分は小遣いにしてくれて構わないとも言ったが、海は全てレシートを残し、残額はきっちり返してくれるから本当に料理を作ることだけが目的のようだった。  本当にいい子だ。海が家に作りに来るようになるまでは炊飯器すらなかったキッチンで、一緒に買いに行ったオレンジ色のフライパンを振るっている海の後ろ姿を眺める。菜箸も鍋も全て海が使いやすそうなものを非番の日に一緒に買いに行った。これが女子なら意識してしまうんだろうが、生憎自分も海も男。冗談でキスなんて言ってくるけれど海だって本気じゃないに決まってる。それこそ親友や兄弟のような関係性。男子校出身だと言っていたし、距離が近いのも度が過ぎていると感じる冗談もきっとその所為。  それにしたってストーカー被害を受けたりしているのだから、そんなことはどんな相手にも言わない方がいいなんてわかりきっているだろうに。 「ご飯できたよー」 「いつも有難うな、今日も一緒に食べていくんだろ?」 「勿論。お箸とか持ってってー」  夕飯を作ってもらうようになってから茶碗も箸も買い揃えたのだが、その際海の分も一式揃えた。家に帰っても1人で夕飯を食べることが多いから時々は食べて行ってもいいか。そう聞いた海に、作ってくれるのは海なのだから好きにしたらいいと。  夕飯をこの家で食べてから、自宅近くまで泉帆が送っていく。見ず知らずの不審者にはまず襲われない体格だが、知り合いには襲われる可能性がある海を夜道1人で行動させられないから。  喧嘩をしたこともなく、格闘技はおろか運動の経験もない海は結構な非力だ。相談をしてくれた彼が誰かに襲われるようなことがあっては寝覚めも悪い。だから彼を護衛するため。  作ってもらったものを運ぶのは泉帆が率先して行う。綺麗に並べられたものを海は写真に撮り、またSNSへと投稿していた。  フォロワーの数が7桁を超えている海のSNSは通知を基本受け取らないようにしている。それでも一気にコメントや反応が届き、スマートフォンの動作は重くなってしまうようだ。  暫くは弄らない方がいいからとオレンジ色のスマートフォンケースを閉じ、海はそこで漸くエプロンを外した。脱いでいく様子を泉帆が無意識に眺めていると、海は肩紐をくいと引っ張り上げた。 「くろちゃん、エプロンしてる方が好き?」 「別に男の子の服装なんて気にしたことないよ」 「ほんとノリ悪いなぁ」  笑みは崩さないままエプロンを脱ぎ、足元に畳んで置くと麦茶を呷る。  海は可愛いと思うけれど、それは懐かれているから。ふわふわの金髪の彼のことは正直ゴールデンレトリバーに見えてしまう。弟分でありペットの犬のような気分だ、撫で回したいとしか思わない。  夕飯を食べ、海が帰りたいと言うまでは部屋で好きに過ごしてもらう。幾ら不器用でも流石に皿洗いくらいはできる。今日もまた海が勝手にベッドに寝転びテレビを見ているのを横目に茶碗についた泡を洗い流していた。 「配信サービス契約したから、好きなドラマとか見ていいよ」 「ほんとー? でもなぁ、家に帰りたくなくなっちゃうし」  泉帆の部屋のベッドの上で、泉帆の枕を抱えゴロゴロとしているそれが女性だったら、なんて考えるのは何度目か。彼女がいた経験はあれど、手を繋ぐことすら未経験なために妄想が激しくなってきてしまったのかもしれない。海が自宅に上がり込み始めた頃はそんなこと考えたことすらなかったのに、今では1日に何度も考えてしまう。 「そーだ。今度お泊まりしてもいい?」  この台詞だって、相手が成人した女性なら。首を傾げて聞いてくる仕草は可愛いけれどあくまでも海は男。  童貞故の妄想力に海のあざとさがブーストをかけてくる。冗談が冗談で済まなくなってしまう日も遠くないかもしれない。今は同性に興味はないが、犬のような可愛さに少しならいいかもしれないなんて思ってしまったら。そして接近禁止令を出したストーカーのように海に執拗なまでに関係を迫ろうとしてしまったら、そんなの自分を許せなくなる。  海はただ無邪気なだけだ。勘違いしてはいけないし、自分は同性に興味はない。何より相手は未成年、自分とは9歳も差がある。半年前まで児童だった子供とどうこうなんて、警察官としてどうなんだ。  泉帆は、手についた泡を全て落とし無理矢理人好きのする笑みを顔に貼り付け頷いた。

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