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EP.30
ちゃんと歩けるようになってから風呂を上がり、帰ってきていた泉帆と共に食事をとる。
海は泉帆と一線を越え、想いを通わせたことで距離感をどうするべきか悩んでいた。
今まで通り……には、きっとできない。2人きりで密室で、外には声も聞こえなくて。そんな空間にいるからこそ、触りたくて堪らなくなってしまう。
散々ビッチであるアピールもしてきたから今更なのはわかっているが、そんなふしだらな真似なんてしたくないと思ってしまっていた。
だから、隣に座るけれどそれだけ。手を握ったり、腕を絡めたり。そういったことはできない。
泉帆が自分のことを好きでなかった時はできていたのに、意識してしまうからこそできなかった。
「海くん、夏休みが終わったら家に帰るの?」
「流石にこのまま帰らないってわけにはいかないしねぇ」
「じゃあその時は俺もついて行くよ。俺の家にいたってことにすればご両親も少しは安心できるだろうし」
「家出なんてしょっちゅうだし、別に何にも思わないだろうけど」
「そんなことない。……妹さんと喧嘩して出てきたんだろ? もしかしたら、妹さんは自分のせいで君が帰ってこなくなったと思い詰めてるかもしれない」
「……まあ、それは事実だし」
「こら」
妹が大事な宝物を壊したから出てきたのだから間違ってはいない。泉帆に嗜められるも、海はまたあの時のことを思い出し、落ち込んでしまう。
しかも、その宝物がお兄ちゃんから貰ったものだったから余計にだ。
裏切られて自分のことを傷つけた相手がくれたものを、こうして愛してくれる人が新しく現れたのに未練がましくずっと大切にしておきたかったなんて思ってしまう自分が嫌だ。
でも、あれは自分にとって最後の繋がりだった。知らない女性と幸せな結婚をした彼が、自分に綺麗な笑みを見せてくれていた頃の。
海は、左手の小指に嵌めたままの指輪をそっと撫でた。
今はこれだけが宝物。そう思えたらいいのに、まだ思えない。まだ妹のことを許すことができない。
「みずくんは、兄弟いるの?」
「兄が1人。あまり顔を合わせたことはないけどね」
「そうなんだ。……みずくんは、そのお兄さんがみずくんの大切な宝物を壊したら、許せる?」
「うーん……、物によるかもしれない。壊れやすいものなら許すかも。でも俺の今の宝物は海くんだから、海くんのこと傷つけるような真似されたら許せないかな」
「……もう、ばか」
そんな甘い言葉を聞きたくて言ったんじゃないのに。海は熱くなってしまった頬を手で押さえ、泉帆から視線を逸らした。
ただただ恥ずかしいから逃げてしまうのを拗ねてしまったと思われたのか、泉帆は逆に構ってくる。
「ごめん、怒った?」
「そういうの聞きたかったわけじゃないのに」
「でも俺がそう思ってるのは本当だよ」
「もー、おっぱい揉まないで!」
「触られたくない?」
「そうじゃ、ないけどぉ……」
触りたいと思ってくれるのなら、いくらでも触ってほしい。気持ちいいし、求められること自体が嬉しいから。
でも今は家族の話をしていて、そんな雰囲気なんて微塵もなかった。だから甘い言葉も身体に触れられることも不意打ちに近いから、快感よりも困惑が勝ってしまう。
海の困惑をよそに、泉帆は抱き締めるように更に身体を密着させてきた。
「俺はいつでも海くんに触りたい。流石に抱くのはまだ回復してないから無理だけど、キスとかはずっとしてたいな」
「実はみずくんも結構重いよね?」
「そうかも。元カノ達にはそんなことなかったんだけどなぁ」
つまりは自分にだけこんなに執着してくれているということだ。
身体で繋ぎとめているからかもしれない。童貞を奪った相手だからという可能性が限りなく高いが、そんな理由でも、自分にしかこんな重い感情を向けたことがないということを泉帆本人の口から聞けて正直興奮してしまった。
「今日はずーっと一緒にいる?」
「それもいいかもね。海くんが家に帰るまで、俺の仕事がある時以外は今日からずっと一緒」
外に出たら、海くんのファンの人とか同僚に鉢合わせるかもしれないし。
部屋の中でずっと一緒。まるで監禁するような泉帆の言葉に、海はきゅうと心臓の辺りを締め付けられるような錯覚を覚えた。
重い愛が、堪らない。
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