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EP.31
泉帆の隣にいるだけで満たされる。
海は久しぶりにできた自分の愛を全力で向けられる相手の存在にどっぷりと依存していた。
これなら、酷い記憶も忘れられるかも。手酷くされてもまだ好きだったお兄ちゃんのことは少しずつ考えなくても済むようになってきた。だから、このまま泉帆だけを見ていれば。
泉帆の休暇中はずっと二人で家にいた。スーパーに行くのも一緒。出かけるなんてこともせず、ドラマや映画を見て過ごす日々。
今日は泉帆は久々に出勤してしまい、家に一人きりだった。もう男を漁ることもしていないから、暇で暇で仕方ない。
「お散歩しよっかな」
交番に顔を出すことはしないけれど、その近辺を適当にぶらついてスイーツを食べに行こう。まだ行ったことのないカフェもあるし、最近流行っているバナナジュースだって飲みたいし。
海は早速着替え、外に出ることにした。
冷房を切っていた部屋よりももっと暑い屋外に出ると、ほんの数分で汗が噴き出す。寒がりではあるけれど、それはそれとして暑いのも苦手だ。
紫外線に弱い肌はいつものように長袖で覆い隠し、それが余計に暑苦しく見えてしまう。
まあ、薄着でいたら胸のピアスが見えてしまうかもしれないし。海はカーディガンのボタンを留め、駅前まで足を向けた。
パトロール中の姿が見られるかも、なんて淡い期待を抱きつつカフェを探してぶらつく。すると少し離れたところから声をかけられた。
「海くん!」
女性の声だ。誰だろうと声のした方を向いてみれば、いつも交番にいるときに来ていたファンのようだ。……多分。
「最近交番にいなかったから引っ越したりしたのかなって思った!」
「学校なかったから外出てなかっただけだよー。何かおれに用事あった?」
「ううん、見かけたから声かけただけー」
自分のファンは大体がこういった女子達だ。友達のような距離感で、こうして話をしていれば名前も知らない相手だなんて思わないくらい。
本名でSNSをやるんじゃなかったな、なんて思いつつ話をしていると、ふと視界の端に水色のシャツを着た人影が見えた。
泉帆だろうかと反射的に視線を向けてしまったが、それはただ同じ色のシャツを着たサラリーマンだった。あからさまに落胆した海の様子に、ファンの女はその視線の先を見てあー、と声を上げた。
「いつも海くん交番で警察官と話してたよね。あの人仲いいの?」
「うーん、まぁそれなりに?」
まさかつい数時間前までセックスしていたような仲なんて言えるわけもなく、海は少し言葉を濁した。ファンの女も友人関係であると把握したようだった。
「でも友達だとしても年離れてない? おじさんじゃん」
「あの人まだ20代だし、仲良くなるのに年齢とか関係ないよー。そろそろおれ行かないと」
別にカフェには予約はしていないし、約束だってないけれど、時計を眺めて予定のあるふりをする。きっとこのまま止めなければいつまでも話が続いてしまいそうだったからだ。
流石に予定のある人間を引き留めようとまではしないようで、そこで彼女とは別れる。
確かに少しだけ年齢は離れているけれど、自分にとっては大切な人だ。女子高生くらいだった彼女からしてみれば確かにおじさんなのだろうけれど、少しだけ気に食わない。
まあでも、おじさんに見えるのは逆にいいかもしれない。泉帆がモテている場面を想像するだけで叫び出してしまいそうなほど嫌。付き合う前から何度も想像しては一人泣きそうになっていた場面。
それが少しでも減るのなら、そういうことを言われる方がマシだ。
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