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EP.35
散々泣いて落ち着いた海は、気恥ずかしそうに笑いながら帰るねと出て行った。まだいてもいいのに、そう言ったのだが自分の仕事の邪魔になるからと。
本当にいい子だ。そして可愛い。あんなに可愛い子を泣かせるなんて、あの男本当に許せない。
泉帆は24時間勤務が終わるまでその仄暗い意識を切り替えることができなかった。
やってきた同僚と交代して署に戻り、一人で帰路につく。部屋に戻れば海がいる。ついでにスーパーで何か買って帰るものがあれば寄って行こうと連絡をとるために24時間ぶりにスマートフォンを開き、そこで海からのメッセージに気が付いた。
あのテラスで食べていたのだろう、大きな白いパフェ。それと、いじらしいメッセージ。
『お仕事がんばってね』
今の今まで見ることができなかったのが悔やまれる。勤務中に見れていたらさぞ癒しになっただろうに。
泉帆は今になって気付いたと謝りの言葉と共に何か買うものはあるか問うメッセージを送った。
それは一瞬で既読がつき、返信もすぐにやってくる。
一瞬のうちに連投される言葉の数々。若者のタップの速さに圧倒されつつ、それを眺めた。
『お仕事終わったの?』
『おつかれさま!』
『ご飯作って待ってるからね』
『あ』
『ゴム買ってきて❤️』
ゴム。それにこのハート。それはつまり、帰ったら。
泉帆は自分の勤務する交番から離れた店を脳裏で思い浮かべ、歩みを速める。
早く、早く。今すぐに帰りたいが、このおつかいだけは聞かなければ。
食材のことを考えて聞いたためにこんな返答が来るなんて思ってもいなかったが、面食らった分一層気持ちが逸る。
マスクもしているから自分が交番勤務をしている警察官だとは気付かれないはず。日中から買うのも気恥ずかしいが、泉帆はコンビニに入店すると前回買ったものと同じ避妊具を手に取り、誤魔化すために他に買うものを物色した。
「……あ」
そこでとあるものを見つけた。そういえばこれは自分の家にはなかった。これがあれば、海があんなに泣くこともなくなるかもしれない。あの男を思い出す頻度も減るかも。
泉帆はそれとついでにお菓子をいくつか購入し、これまた早足でアパートへと帰る。
階段を駆け上り玄関の鍵を開けドアノブを捻ると、内側からもゆっくりと押され扉が開いた。
「おかえりなさい、お仕事お疲れ様」
蕩けたような甘い笑み。目許は腫れずに済んだようだ。
それよりも、海の姿。上はともかく下は履いていないように見える。体の大きい海でもぶかぶかのTシャツで大事な部分は隠れているが、もし誰かに見られでもしたらとんでもない。泉帆は慌てて玄関に上がり扉を閉め、鍵をかけて外から見えないようにした。
「ただいま。そんな格好して、ちゃんといい子にしてた?」
「みずくんいなくて寂しかったから、おもちゃと浮気してた」
「悪い子。俺以外は駄目だよ」
「はぁい。ね、ご飯にする? お風呂にする? それともおれ……?」
指先で唇をなぞり、むっちりとした大腿が足の間を撫でてくる。
選ばせる気なんてないらしい。泉帆は敢えて、海の思惑から外れることにした。
「まず手洗いうがいかな。お腹空いたし汗もかいたし、ちょっと眠いかも」
「もー、意地悪。こんなにしてるのに」
スラックスの布地を持ち上げているそれを爪でカリカリと掻かれ、詰るような甘えた声色と表情に益々疼く。
海はその場でしゃがみこみ、ジッパーを下ろし隙間から欲望を出させてきた。
「お仕事お疲れ様のご奉仕させてね?」
ちゅ、と熱り立つ先端にキスを落とされ、そんなことを言われてしまえば抗えない。
泉帆は、その場で海の好きにさせることにした。
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