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鈍痛

「圭、こっち」 午後11時少し早めにベッドに横たわった悠来は少し空いている隣のスペースを枕が少し揺れるぐらいに叩く。 「はーい、ちょっと待ってね」 少し遠くにいる圭は先程まで拭いていた食器を棚に戻す最中だった。陶器の食器が当たる音は少しうるさいが悠来の低い声は通ったようだった。 「..っち」 舌打ちが聞こえたことは流して、早く行けるようになるべく急いで入れていく。そのせいか陶器の音がさらに激しくなり、その音さえも悠来のイライラを加速させるようだった。 最後の1枚を入れて、そそくさと手を洗ってダイニングの椅子にエプロンをかけるとベッドに小走りする。けれど既に悠来の顔は我慢の限界の顔をしていた。 「お前いつまで待たせるの?」 「ごめんね..急いだんだけど」 「は?言い訳とかどうでもいい、..こっちこい」 言われた通りにベッドの悠来の隣に座り、悠来の方を向いてアクションを待つ。 今日はどうなんだろうか。 「..っい..!」 やっぱり、そう圭は思った。いつも通り腹パンを喰らう。悠来はイライラを全面的に圭にぶつけている。付き合って2年経ったある日唐突に殴られたことは今でも鮮明に圭に記憶を残していた。 「けい..ごめ..」 「いいよ、大丈夫、..ね、ぎゅうしていい?」 「ん、」 すぐやめるなんて今日は優しいな、いい事あったんだね。なんて他人事のように考える。悠来のこの行動は典型的なDVだと圭は知っていた。こうやって殴った後優しくして謝ってくること含めてDVだって理解していた。 「..ねよっか」 「、ん..」 けれども殴りながら寂しそうな自分に縋るような顔を向ける度に、悠来を自分が見捨てたら死んでしまうのではと何度も考えてしまう。 けど、違うんだよね。そうじゃないんだ。 圭自身気づいていた、この男を底なしに愛していることを。圭が悠来と一緒にいる理由は可哀想だからじゃない、悠来を独占したいということだった。 ずっと俺が耐え続けたら、ゆーきちゃんは俺だけを見てくれる。 本能のまま殴り続けて、理性を取り戻すと圭に罪悪感募らせて..という負のループに悠来は呑まれていた。 ゆーきちゃんが生きている限り逃げられないんだ。 いや、逃がしてあげない。絶対に、ね。 悠来は一筋涙を流して、少し苦しそうに寝息を立てている。ドラマのためと伸ばしている髪の毛を梳くように撫でる。染めたことの無い黒髪、長いまつ毛、何も手入れされてないヒゲ、全てが美しく圭の目には写っている。 今日だって、なんであんなタイミングで食器洗ってたと思う?ご飯食べてだいぶ経っちゃってたよね? 悠来が流した涙を跡を逆撫でするように拭き取ってあげる。擽ったそうに顔を動かす悠来に愛おしさを感じて胸がキュンと鳴った。 ゆーきちゃん、俺はね、ゆーきちゃんしか見えないんだよ。いつもいつも俺を縛り付けるようなことしたって俺はゆーきちゃんしか見てないよ。 圭はこの時間が1番至福のときだと何度も思う。悠来の純粋なあどけない寝顔を見ながら自分も眠りにつく、誰にも譲らない幸せな時間だった。 「ふふ」 思わず笑みがこぼれる。一生この幸せな時間を誰にも奪われないんだと改めて確信する。自分はなんて幸せ者だと悠来を見つめながら考えた。 俺には君しかいないけど、君も俺しかいないんだよ。 悠来の手を布団の中で握りしめ目を閉じる。悠来が手を少し離したそうだったが圭は構わず少し力を込めて握り直した。 「ぅ..」 小さく呻く悠来。それは痛さなのかそれとも夢なのか分からない。 ね、ゆーきちゃん、大好きだよ。

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