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咎と異変★
その日から、リュドヴィックは毎夜店に現れるようになった。しかも性的な行為は一切せず、ただただ時間ギリギリまで勧誘される。
オペラの魅力とか、仲間とやり遂げる達成感とか、観客を感動させる喜びとか、そんなものを延々と聞かされ、時には歌ってほしいとせがまれる。
自分は歌手ではないと固辞するのだが、その度残念そうに気落ちした顔をするので、アンリは毎度良心の呵責に苛まれた。
面倒で鬱陶しい客の相手にも慣れているはずが、こういう純粋なお誘いを受ける経験はなく、アンリの方も試行錯誤しながら追い返さなければならなかった。
そんな日が何日続いただろう。アンリは自室を無意味に歩き回りながら、しきりに窓の方へ視線を向け、にぎわい始めた外の様子を窺ってしまう。
売れっ子のアンリの時間を買うために毎回大枚をはたいているというのに、今日も来るつもりなのだろうか。そのうち本当にすっからかんになってしまう。
いったいどこからそんな金を捻出しているのか。それにやはり平民の収入などたかが知れているのだ。湯水のごとく浪費していては、肝心のアンリを水揚げするための金が無くなってしまうのではないか。そんなことになったら本末転倒だ。
(いや、行かねえけどな……)
最後のは余計な心配だったと訂正して、アンリはベッドに座り込み思案した。もうここいらでリュドヴィックが二度と店に来ないよう、アンリに会いたくなくなるような作戦を実行したほうがいいかもしれない。
毎日通い詰めているからこそ分かる。あの男はノンケだ。しかしアンリはその道のプロ。ノンケと言えど、いや、ノンケだからこそ精神的に大ダメージを与えるような屈辱を味わわせることが出来る。
このままだと、リュドヴィックが路頭に迷うことになる。……いや、それは別に構わないが、アンリだってもうこれ以上付きまとわれても困るのだ。
(あんたが悪いんだぜ。リュドヴィック)
あの質朴 な青年を騙すのは心苦しい。だが、このままだと双方にとって良くないのだ。だからこそアンリは腹をくくる。
そしてやはり今日も現れたリュドヴィックを、個室に招き入れるなりベッドに座らせた。というか、基本的に座るところはベッドぐらいしかないのだが、おかげでリュドヴィックに警戒されずに計画を進めることが出来る。
「アンリ?」
普段の素っ気ない態度とは真逆の、猫のように身体をすりつけ甘えるアンリの態度にリュドヴィックが困惑している。
「うわ……っ」
怪訝そうな声は無視して、首筋に軽く歯を立てた。そのまま男らしい筋の通った首を舐めあげる。くすぐったいのか、リュドヴィックの身体が身じろいだ。
「アンリ、何を……?」
この男にどれだけの経験があるのかは知らないが、いくら経験豊富だろうとアンリには敵わないだろう。いや、だが、この初心な反応。もしかして、童貞だろうか。
「なあ、知ってるか?」
真っ赤になっている耳元で吐息たっぷりに囁いてやりながら、右手をシャツ越しに滑らせ、本当に小さな、胸の突起を指先で擦る。
「男も乳首って性感帯なんだって。俺が開発してやろうか」
「ア、アンリ……、何を言って」
とはいえ、この反応の鈍さ。乳首で快感を得られるようになるまでは時間がかかりそうだ。アンリの中ではもうこの男は今日限り店には立ち寄らない予定なので、確実に快楽を得てもらわないと困る。
(となると、やっぱこっちか……)
「それとも、男の人はやっぱりこっちが好きか?」
頭の中では冷静に考えながらも、耳元では甘く囁き、巧みに昂らせていく。スラックスの前立て越しにしっかりと感じる雄のふくらみの形に添って指を滑らせ、双球を揉む。
「ア、アンリ! こら、やめなさい……! こんなことをしては……っ」
鈍いというか、危なっかしいというか、ここまでされてようやくアンリの意図に気付いたリュドヴィックが大慌てで止めにかかる。だがもう遅い。ここに触れることを許した時点でリュドヴィックの負けだ。
「……そんなこと言って、ここは触って欲しそうだけどなあ? ん? ほら、どんどん熱くなってきてる)
ぐりぐりと押し付けるように刺激して、熱を増していく肉棒を布越しに扱く。
「毎夜、足しげく俺のとこに通ってくれてるくせに一向に手ぇ出してこないから、そのケがないんだと思ってたが」
「……っ」
下着の中に手を潜り込ませて、直接握り込んでやる。
「どうやら俺の勘違いだったらしい」
下着をずり下ろして、むき出しになったそこをくすぐる。
「お客さん、気持ちいい? いいよな? あーあ、男の子の手で気持ちよくなっちゃって。悪い大人だなあ?」
火傷しそうに熱い肉棒はその質量に見合ったずっしりとした重さで、正直ちょっと怯んだが、怯えをひた隠して手淫で追い詰める。
いったいどんな屈辱的な表情をしてくれているのだろうか。胸を躍らせながらリュドヴィックの反応を確かめる。すぐ近くに見えたのは、顔を赤らめ、歯を食いしばって欲望に抗う、まさにアンリが見たかった表情だった。
「……っ?」
なのに、なぜだろうか。まるで悪戯を仕掛けたアンリに罰を与えるかの如く、胸が締め付けられた。
血流が激しくなり、頭の中が沸騰したようになる。鼓動の高まりはアンリの呼吸まで乱していった。
(な、なんだこれ……なんだこの、動悸は……?)
もしかすると自分は、踏み込んではいけない領域に侵入してしまったのかもしれない。今ならまだ引き返せる。引き返すべきだ。
「ア、アンリ……、やめるんだ……っ、ん……こ、こんなこと……、くっ……」
なのに手が止まらない。ただリュドヴィックの自尊心を傷つけ、アンリに対する嫌悪を植え付けられればそれで良かったはずなのに。
いつもならぽんぽん浮かんでくるはずの、興奮を煽るようなセリフも言葉にならず、ただ追い詰められていくリュドヴィックの横顔を瞬きも出来ずに見つめながら、しとどに濡れていくリュドヴィックの屹立を扱くことしか出来なくなる。
(もっと見たい……っ、この男の……見悶える様を、……ううん、違う。俺の手で、感じてくれている顔を……もっと、もっと……!)
耳心地が良かったはずのリュドヴィックの静止の声すらもう頭に入ってこなかった。ただ夢中になってしまう。
「……っ、……? アンリ?」
おのずと顔を寄せてしまう。キスがしたかった。この男に愛されたいと願ってしまった。だが、あと少しで唇が触れようかという瞬間に、リュドヴィックがアンリの名を呼んだことで、思い留まることができた。
キスがしたい。でも、してはいけないと思った。なぜか自分が、とてつもなく汚らわしい存在に思えてしまって、こんな汚れた身体で触れてはいけない相手だと思ってしまったからだ。
だが、手の方はもう止めようがなかった。
射精が近い肉棒は噴き出るほどのカウパーを巻き散らしている。ぐじゅぐじゅと卑猥な音に鼓膜を犯され、ぞくりと背筋を震わせながら、アンリはリュドヴィックを射精へと導いた。
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