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罰★
翌日はいつもの銅鑼もどきで起こされても反応する気になれなかった。ベッドに突っ伏したまま、一睡もできなかった我ながら酷い顔をのっそりとあげる。
「あら、酷い顔」
自分でも鏡を見ていないうちからわかるが、人に指摘されてやっぱりか、とため息が漏れた。
「寝不足を顔に出すなんてプロ失格ね」
「るせー、元はといえばあんたの所為なんだからな」
「人のせいにするなんて、良い度胸してるじゃない」
「だってあんたの所為だろ……っ! わぷっ」
怒りに任せて勢いよく起き上がったアンリの顔に蒸しタオルが投げつけられた。渡し方は最悪なのに、ちゃんと温めてくれているあたり、意地悪なのか親切なのか分からない。
「昨日はずっと上の空だったらしいわね。まったく、仕事中にぼんやりするなんて。売れっ子のあんただから許されるのよ? あと店主が天使のように優しいのもあるけどね!」
「……」
「ちょっとボケてるんだから反応しなさいよ」
「そんな気力ない」
昨日の醜態を思い出す度、胸が抉られるように痛む。
自分から仕掛けておいて、そのくせ途中から無我夢中になってしまって、最終的には傷ついた様子で去っていくリュドウィックの表情が頭から離れず一睡もできないなんて……、店主の、エティエンヌの言う通り、プロ失格の大失敗だ。
「昨日、礼のボウヤと喧嘩でもした?」
「してねえ」
途中の自分の異変を差し引けば、おおむね作戦は最高したと言っていい。男娼に迫られ不快な思いをしたリュドウィックは、もう二度と店に姿を現すことはない。……アンリの前に現れることもない。
(これが最善の手だって今でも思ってる。なのにどうして……胸が痛む)
理解できない自分の感情に苛立ちながら、アンリは寝乱れた髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。眠れなかった分寝返りも多かったからか、今日はいつにもましてボサボサだ。だからこれ以上乱れようが同じことである。
寝不足でコンディション最悪だから出来れば穏やかな客ばかりで終わって欲しい。そんな、都合のいい期待を抱く日程、面倒な客がやってくるものだ。
「やあ、アンリ。会いたかったよ」
「俺も待ち遠しかったです。ブリックス様」
内心ではがっくり肩を落としていても、アンリは心にもないセリフとともに涙を浮かべてブリックス卿に縋りつく。彼なりの放置プレイがようやく終わったようだ。……終わらなくてよかったのに、とは口が裂けてもいえない。
「そんなはずがないだろう? 他の客と楽しく遊んでいたんじゃないのかね? うん?」
「そんなことはありません。仕事だから、仕方なく好きでもない男に抱かれているだけで……。でもほかの男に抱かれながら、ずっと貴方に抱かれていると想像していたんです。そうしないと心が壊れてしまいそうで……」
我ながら、よくもこうつらつらと嘘を吐けるものだと感心する。口から出まかせだというのにブリックス卿は満足そうに恍惚の表情を浮かべて、アンリにかぶりつくようなキスをした。
「いい子だね。アンリ。やっぱり君は僕のためにこそある。待っておいで、寂しい想いをさせたぶん、今存分にご褒美をあげるから」
(ああ、最悪の時間が始まる……)
「嬉しい。沢山かわいがってください。ご主人様」
心ではげんなりしつつ、アンリは嬉し涙を浮かべてブリックス卿に縋りついた。
そして、ブリックス卿の前で両膝を付き、すでに膨らんでいるズボンを下着とともにずりおろして雄臭い肉棒に奉仕する。
サディストのこの男は、喉の奥まで咥えこんでやらないと満足しない。苦しいし、嘔吐 くし、顎は疲れるしでもっともキライな業務だが、仕事である以上手を抜くわけにもいかない。
「んん……、んぅ」
だから、なるべく早く射精させてやろうとアンリも必死だ。血管の浮かぶ強直を舐めしゃぶり、手も使って導く。いつもならこれであっけなく果てるはずのブリックス卿だが、なぜか今日はなかなか興が乗らないようだ。
(なんだ? 今度はどういうつもりだ?)
「どうなさったんですか? ご主人様。いつものように、ぼくの口をご主人様の精液でいっぱいにしてください」
口でのおねだりが欲しいのかと、甘えた声でねだってみる。そうしてふと上目遣いに仰ぎ見たアンリの背中に冷たいものが走った。ブリックス卿が見たこともない程冷たい視線で、アンリを見下ろしていたのだ。
経験則からこういう生気のない瞳で見下ろしてくるときは乱暴に扱われる前兆だと分かってしまう。だが、今日の眼差しは今までとは比べ物にならないほどの冷気で、死の予感すら感じさせた。
(まさか……いくらサディストでもそこまでは……っ)
怯えが顔に出てしまうと、ブリックス卿は口角を吊り上げ不気味に微笑んだ。
「アンリ、聞いたよ? 君を独り占めしたいという男が、君のところに毎晩通い詰めていると」
「……っ」
別に秘密にしていたわけでもない。それに別段珍しいことでもない。通い始めの新規客の中には熱を上げすぎて痛い思いをするものが大勢いる。だからたぶん、そこは問題ではないのだ。重要なのは、その新規客が……リュドウィックが、アンリを永久に買おうとしている事実。
「そ、そうなんです。面倒な客で……困っているんですけれど。でも平民ですから、そのうちお小遣いが尽きて身の程を思い知りますよ」
「そうか。可哀想に……。僕がどうにかしてあげようか?」
単なる冗談だ。ここは話を合わせたほうが良い。頭の片隅で冷静な自分が出した意見は黙殺されてしまった。
このサディストが、リュドウィックに何かするかもしれない。その恐怖と怒りで頭に血が上る。
「やめろ! ……あ、」
気付いたら、怒声をあげてしまっていた。
ブリックス卿の顔から悪魔のような笑みが消える。表情そのものが消え、無が浮かんでいた。
「アンリ、僕に命令をしたね?」
「ち、ちが……、も、申し訳ございま……んぐっ」
釈明も謝罪も口腔にねじこまれた肉棒によって封じられてしまった。喉の奥まで突っ込んだまま、気道が塞がれ苦しむアンリを見下ろし悦に入る。
「苦しい?」
喉の奥を刺激され続けて溢れた生理的な涙を流しながら、何度も頷いて答える。
「か、はっ……、げほっ、ごほっ……はあっ、はあっ……」
勢いよく男根が引き抜かれると、アンリは激しく咳き込みながら貪るように呼吸をした。普段よりずっと長い仕置きを受け、意識が白みかけている。
(こ、殺されるかと思った……!)
ブリックス卿はまだ息を荒らげているアンリを無理矢理引っ張り上げてベッドに投げる。酸欠で動きが鈍っているアンリはまるで人形のようにされるがままになってしまっていた。
ベッドに倒れたアンリに、ブリックス卿が迫ってくる。逃げなくてはと本能が叫んでいた。しかし身体は言う事を聞かない。酸欠が、ここまで人の思考を鈍らせるなんて知らなかった。
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