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泡となっては終わらせない下★
アンリは小さく頷く。それが精いっぱいだった。
客相手ならぽんぽんと飛び出す誘い文句も、性欲を煽るような妖艶な仕草も今は出来そうになかった。
だから、静かにまぶたを閉じる。リュドヴィックを信じて顎をわずかにそらし、意味に気付いて触れてくれるまでおとなしく待つ。
「ん……っ」
探るような、これでいいのか確かめるような、軽いキスだった。唇同士がはじくように触れただけで離れていく。
それだけで腹の奥が切なくなる。心が貪欲にリュドヴィックを求めだした。
「……もっと」
だから、アンリはかすれた声でねだる。リュドヴィックはアンリの催促を聞き入れ、再び唇を塞いだ。
「ん、ん……」
今度はもっと濃厚なキスだった。何度も角度を変えて互いの唇を挟みあい、あえて音を立てて耳からも昂らせていく。
いつのまにやら寝台に寝かされていたが、キスの雨が止むことはなかった。本来ならば経験豊富なアンリがリードすべきところなのだが、素人みたいにされるがままになってしまう。
とはいえ、口づけが深くなると、そうも言っていられなくなった。
キス一つでどうやらリュドヴィックは童貞らしいと察してしまう自分が悲しい。でも、その経験があるからこそリュドヴィックにも気持ちよくなってもらえるのだと、前向きにとらえることにした。
「んぅ……」
しかし、さすが沢山の資料を買い集めるほど日ごろから勉強熱心なことはあって、リュドヴィックの上達は目を瞠る程早かった。
アンリが一度お手本を見せれば、同じようにアンリの口腔を愛撫してくる。
「ふ、は……」
同じ動作を真似ているだけのはずなのに、リュドヴィックの愛撫はアンリの思考に濃霧をかけてしまう。陶然と甘いキスの余韻に酔いしれていると、リュドヴィックがおもむろにシャツのボタンに手をかけてきた。
「あっ、リュドヴィック……」
アンリはついその手に自分の手を重ねて、躊躇してしまう。
「怖い?」
「ま、まさか……」
怖いわけがない。そうではなくて……。
「俺、綺麗な身体じゃなくて……ごめん。嫌じゃ、ない……?」
散々抱きつぶされ汚れ切った己の身体を、果たしてリュドヴィックの眼前に晒してよいものか、そんな不安がむくむくと膨らむ。しかもいやいや抱かれていたわけじゃない。仕事だからと割り切っていたとはいえ、積極的に男を誘っていた。
こんな淫売の自分は、やはりリュドヴィックにはふさわしくないのではないか。そんな強迫観念がふいに現れ、アンリを思い留まらせようとしてくる。
「あ、ま、待って……」
するとリュドヴィックは何も答えないまま、普段の彼らしくもなく強引にアンリの素肌を露わにした。シャツのボタンをはずしてはだけさせ、むき出しになった素肌に口づけを落とす。
「綺麗じゃないか。どこもかしこも」
「……ん、ぅ、リュ、リュドヴィック……っ」
愛おしむように何度も何度も口づけをして、言葉だけじゃなく態度でアンリを励まし、慰めてくれる。
「身体も、心も、瞳も、声も……君の何もかもが美しい」
耳心地の良いテノールボイスで歌うように囁いて、今一度唇にキスをした。
「何もかもが美しく、そして愛おしいよ。アンリ」
「……う、」
視界がじわじわ霞んできて、アンリは慌てて目を擦った。せっかくリュドヴィックが極上の微笑を湛えて見つめてくれているのに、涙で見えなくなってしまったらもったいない。
「だから、アンリの全てを愛することを許してほしい」
乞われるように言われて、心が甘くうずいた。
そうだ。リュドヴィックはこんなにもアンリを求めてくれている。なのに、こんなところで二の足を踏んでいてどうするのか。アンリはぐずぐずとらしくもないことを悩んでいる自分を叱りつけた。
そして余計なことは考えず、リュドヴィックに身も心も委ねる覚悟を決める。アンリの方でも豊富な知識と技能でリュドヴィックを高ぶらせ、繋がるための準備を整えていった。
「……ん、ん……、リュ、リュドヴィック……っ、もう、……もういいよ」
リュドヴィックの上に頭を下にして跨り、逞しい男根に愛撫しながら、これを受け入れるための準備をしてもらっている。
「でも心配だな。こんなに小さいのに、本当に私を受け入れられる?」
本来受け入れるための場所ではないから、念入りにほぐしてもらえるのはありがたい。だが、もういい加減、生殺しに耐えられなくなってきた。
「へ、平気……、もう……、もう我慢できない……。ん、……ほしい、欲しいよ」
互いに高めあう中でとっくに理性は焼き切れていて、欲望に正直になっている。心も体もリュドヴィックを欲していて、おかしくなってしまいそうだった。
「アンリ。……そうだな。私も君が欲しい」
落ち着いているように見えるが、リュドヴィックもだいぶ息が上がってきていた。男根だって、アンリの手の中で熱く鼓動している。こんなになってしまったら、もう挿入したくてしょうがなかっただろうに、アンリが傷つかないよう堪えてくれていたのだ。
愛おしさに胸を締め付けられながら、おとなしく仰向けになる。リュドヴィックがアンリの両足を抱え、辛くないよう腰の下にクッションを挟んでくれた。
「じゃあ、入るよ」
「うん。早く、早く来て……っ」
催促するアンリの中を待ちわびた質量が埋め尽くす。
「んっ……あっ、ああっ……」
驚いたことにそれだけで達してしまった。背をのけぞらせるアンリの腹部から胸にかけて、自身の放った白濁が濡らす。
「あっ……嘘、ごめ……先にイくなんて……」
客相手にこんなことになった試しがなく、気が動転してしまう。
それに今の絶頂は、今まで感じたことのないほどの衝撃と、腰が砕けてしまうのではないかというほど刺激的な快楽をもたらした。おかげでなかなか息が整わない。
(どうしよ……リュドヴィックだって、早く動きたいだろうに、待ってくれてる……っ)
びくびくとした震えも治まってくれず、また泣きそうになってしまうと、リュドヴィックが目じりにキスをしてくれた。
「アンリ。嬉しいよ。それだけ私を感じてくれている証拠だからね。……だから、焦らなくて大丈夫」
まるでアンリの全てを見透かしたようなことを言う。だが、おかげで少し冷静になれた。長く呼吸するように心がけて息を整える。
「もう大丈夫。……動いて」
「本当に?」
汗ばんだ額をくっつけて、リュドヴィックが問う。アンリが頷い他のを見届けると、ゆるゆると律動を始めた。
「あっ……あぅ」
敏感にとろけた内壁を、待ち望んだ熱が往復する。最初は探るようにゆるやかに、でも、次第に激しく大きなストロークに変わっていく。
「アンリ、綺麗だ。歌っているようだね」
「ん、っ……あっ、あぁっ」
自然に声が押し出される。単なる喘ぎ声を歌っているようだと表現されるのが妙に恥ずかしい。だからできれば抑えていたいのに、リュドヴィックがそれを許してくれなかった。
「もっと聞かせて。私の為に、歌ってくれ。アンリ」
懇願する言い方なのに、実際にはリュドヴィック自身の手によって、アンリは嬌声を上げることになる。
生まれてはじめて経験する、愛する人との最上の愛情表現は、玄人のアンリに手も足も出させないほどに激しかった。
仕事でするのとは全く違う。気持ちよくて、幸せで、泣きたいのに顔がほころんでしまって、もうなんだか、感情がぐちゃぐちゃだ。
自分が自分じゃなくなるようで怖いはずなのに、満たされている。
「あっ……、リュ、リュド、ヴィック……っ、お、俺、俺……もう、」
「ああ、そうだな。一緒に」
限界が近いと訴えるアンリの身体を抱きすくめ、リュドヴィックがひと際激しくアンリの中を貪った。アンリの方でも置いて行かれないようにリュドヴィックの首に腕を絡めて縋り付き、ともに階を駆け上がる。
「アンリ……っ、愛してるよ」
「俺も、……俺、もぉ……っ。好き、リュドヴィックが、好きぃ……っ……あぁっ」
飽きることなく愛を告げあい、火傷するほどの熱で中を埋め尽くしていたリュドヴィックが限界を迎える。次いでアンリが二度目の白濁を放った。
互いに獣のように呼吸しながら、汗と体液で濡れそぼった身体を重ね、言葉もなく見つめあう。唇を重ねあっているうち、まだ中にあるリュドヴィックが硬度を取り戻して、もう一度、たっぷりと愛し合った。
そんなことを何度か繰り返し、お互い体力の限界に達するまで求めあっていたが、いつしかアンリの記憶は途切れていた。
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