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第3話

おれの怪我は日に日によくなっていった。 傷口をえぐるように殴ってくる男がいなければ、ナイフをチラつかせる男もいない。 なぜかおれはここ数日、安全地帯にいる。 「まともに歩けるようになったな」 「志野、おれもう元気だよ。ヤらないの」 「……。もう少し傷が癒えたら改名しに行くぞ、朝飯はなにがいい」 「なんでも食べる」 なんの見返りもなく優しくされるのは恐ろしい。 志野にも裏があるはずだ。 そうでなければおれに優しくするメリットがない。 未成年であればあどけない少年を誘拐する優越感に浸りたかったのかもしれないが、あいにく25歳という大人で。 「志野って、何歳なの」 「28」 「3つ上……」 「これ着てみろ。買ってきた」 「ん、なんで服?」 「俺の服をいつまでも着るわけにいかないだろ。ほら手上げろ」 志野の言うとおりに両手を上げれば服を脱がされる。 大抵の場合、このままベッドに押し倒されて犯されるところだが、志野はなにもしてこない。 「仕事に行ってくる」 「いつ戻る?」 「さぁな、夜だろう」 「そう」 もう1週間以上、行為をしていない。 気持ちが悪い。 誰にも犯されない日々は逆に不安だ。 志野が仕事で出た隙に、おれはいつもの路地に向かってしまった。 もう誰でもいい、おれを傷つけてほしい。 優しくされたくない。 「でさぁ、そいつの穴にぶち込んでやったんだよ! 最高だったぜぇっ」 「そりゃあウケる! ……あ?」 いかにもガラの悪い2人組が路地にたむろっていた。 都合がいい。 ちょうどよく自分に乱暴しそうな男だ。 「お兄さん……男に興味ある?」 「うおっ! なんだあんた」 金髪の男はおれに触れられると頬を紅潮させ、視線が虚ろになる。 チョロい。 男なんてこんなものだ。 志野が、おかしい。 「おれのこと、好きにしていいよ……体が熱くて、おかしいんだ」 「っ、お、おおう! 誘い上手じゃねえか、こいよ」 誰でもいい。 あんた達じゃなくても、俺を粗末に扱うやつなら誰でも構わない。 おれは男たちのたまり場らしい路地裏へ連れていかれた。 コンクリートに大量にラクガキされたそこは、不良が好みそうな汚い場所だった。 上裸にされ、鉄格子に両手をつながれ、久しぶりに犯される期待がおれを包む。 「えっろい体してんな、兄ちゃん。このアザは彼氏にでもやられたか? ハハッ」 「痛いのが、いい」 「とんだマゾじゃねえか。おい、オレにも喰わせろよ」 「2人で犯してやればいいだろ、その方がこいつも楽しめる」 獣のような視線。 性欲処理の道具と言わんばかりに見下されている。 ああ、そうだ。 これが本来のおれ。安心する。 「あっ、んん」 「声えっろ。乳首がいいのかァ? 気が狂うほどよくしてやんよ」 「痛っだ……っ」 先端を噛まれて激痛が走る。 それでいい。 それが、いい。 もっと痛めつけてくれ。 お前はそういう人間だという証明がほしい。 男たちはそれに応えてくれた。 おれは気が遠くなるほど穴を突かれ、首や胸を強く引っかかれ続けた。 血がにじむ体にさえ容赦なく噛みつかれて、痛みで生理的な涙があふれた。 何度も中出しされた体は力を失い、路地裏に放置されたまま半日を過ごした。 動けるようになったのは夕方で、重い足を引きずりながら志野の家に帰った。 帰る場所はここにしかない。 結局、ここに戻ってくる以外の選択肢がない。 しばらくして志野が帰宅した。 「あ、おかえり」 「……お前、どこに行ってきた」 「どこにも行ってないよ」 「嘘をつけ、なんだこの臭いは。それにまた傷が増えてる。言え、どこに行った」 志野はなぜか怒る。 おれなんて、放っておけばいいのに。 「遊んできた。セックスがしたくて」 「…………」 はやく呆れてしまえ。 優しくするな。 「チッ……こい、体を洗う」 それ以上、志野はなにも言ってこなかった。 怒っている。 なぜだかわからない。 傷だらけの体にシャワーを当てられるのは地獄だった。 傷口を針で刺されるような痛みに襲われる。 「いたい……っ」 「我慢しろ、自業自得だ」 「うぅぅ゙……」 シャワーの湯に紛れて涙がぼとぼと垂れている。 もう自分がわからない。 痛いのがほしいのに、痛いのは嫌いだ。 「志野はっ……? 痛いの、くれ、ないっ……んぐ」 「やらねえよ。本人が望んでないもんを誰がやるか」 「ほしい……痛いのが、ほしいよ」 「あっそ」 涙があふれて止まらない。 痛い。 志野に呆れられたのがわかって、ズキっと心臓が痛んだ。 「もう泣きやめよ」 「なんか……止まらない。変だ」 ベッドにいるのにおれはずっと泣いていた。 理由は知らない。 まるで自分が自分じゃない。 怖すぎる。 「……」 そのとき、志野はおれをふとんの中へ抱き寄せてきた。 ぽんぽんと頭をなでながら、志野の胸に抱きしめられる。 震えが止まらなかった。 人に優しくされるのは、怖いことだ。

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