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第13話

「…………そう、だったのか。いや、悪いおれはなにも」 「お前が気に病むことじゃない。もう吹っ切れたよ」 吹っ切れた? 亮雅は昔からすごいやつだった。 でもそれはいまでも変わらない。 志野がもしこの世界からいなくなったら、おれは生きていけないかもしれない。 「……話してくれたってことは、キミも知ってるんだな。この話」 「知って、ます」 「そっか。なら、相当大事な人ってわけだ」 「え?」 「こいつは誠実だろ。かなり小さい頃からなにを考えてるのかわからないやつだったけど、ふしぎと亮雅といるのは一番楽しかったよ」 「飛び降りでもするのかお前は。死亡フラグを立てるな」 「最近やっと真っ当な仕事にたどり着けたってのに誰がおさらばするか。高卒認定もとるのが大変だったんだぞ」 「スーツ似合わね」 「ひっでえ。ま、居候の身だけど。もう30近いってのに30超えたオッサンとひとつ屋根の下だよ」 「元々病弱だったんだ。助けてくれる当てがあるならよかったじゃないか」 「亮雅に似てるかなりのイケメンだよ。今度紹介させてくれ、亮雅も同居人もおれの恩人だし」 いま、おれは恋をしている。 志野という男に。 自覚したのはカッターナイフで彼の頬に傷をつけたときだ。 おれは志野が好きだ。 誰に抱いたこともない愛してるという感覚。 あのときの傷は思いのほか深く痕が残ってしまった。 何度も謝るおれに志野は「反省してるなら離れるな」とまるで殺し文句を言ってくる。 怖い男だ。 「でもまさか、亮雅がそっち系だとはな〜」 「こんな可愛いやつがいたら誰でも惚れるだろ。実際、両性からモテすぎて俺が困ってる」 「亮雅さんは、ゲイじゃないです。ゲイなのは俺だけで、子どももいます」 「子どもがいんの! へえ、そりゃあかわいいだろうなぁ。亮雅が父親か〜。あはは、やっぱ想像つかねー」 「そもそもよく俺を覚えていたな。もう十数年は経ってるぞ」 「おれにとっては亮雅が心の支えだったからさ。あんな病弱ですぐ倒れるやつ、みーんな関わらないようにしてたのに。お前だけはお人好しだったよな」 いまとなっては懐かしい思い出だ。 嫌なことも。 「生きてるだけで安心した」 「そりゃどーも。実際、汚いことばっかしてたよ。とりあえず金がほしくてどこの誰かもわからないオッサンについてったり、そこら辺の女捕まえたり」 もしもあのとき志野に拾われていなかったら、おれはどうなっていただろう。 薄明かりに照らされたあの場所で。 「ほんと、優斗くんみたいに純情そうで綺麗な子には踏みこんでほしくない世界だったね」 「させるかよ。でも、お前も努力したんだな。そんな立派なスーツ着て」 「だろ? 同居人からの祝いもの。……光樹さんもきっと、おれたちのいまを知ったら泣くだろうな。どっかで見てんだろーけど」 「……ああ。俺はともかく、司郎のことはずっと気にしてたぞ。ちゃんと生きてんのかって」 「はは、みんなしておれを殺すなよ。優斗くんはこっちに染まっちゃダメだぞ? 金があっても愛がなきゃ地獄だ」 「……司郎さんは幸せになってほしい、です」 「え?」 盛大な自虐ネタを言ったが、まさか優しい瞳でそんなセリフを言われるとは思っていなかった。 「ああ、いや、あの……ただの願望です。きっと大変な目に遭ってきてるんだろうなって思ったんで、つい。生意気で、すいません」 「……ふ、優斗くんは天使だな。なにが悲しくて歳の男と同居してんだなんて思ってたけど、その人は他のやつらと違った。あいにく幸せになっちまったんだよ、おれも」 志野のことを思うだけで、幸せだと思えてしまう。 おかしな話だ。 「お前は本当に、優斗みたいなやつだな」 「え? なに優斗くんもマゾなの?」 「違います。あなたと一緒にしないでください」 「ふはは、急に辛辣じゃん。やだよね〜、人にいじめられるのに慣れるとそれが当たり前だと錯覚するようになるだろ?」 「それは……少し、わかります」 「もしかしたらおれら、すっごい仲良くなれたりして」 「狙うんじゃねーぞ」 「まーだ疑ってんの。優斗くんはたしかに可愛いけど、おれが好きなのはもっと冷めた目をしたやつだ」 「どんだけマゾなんだ、引くわー」 「引くなよ、薄情者〜」 おれと似た境遇にいたのかもしれない。 優斗くんは、どこか悲しげな目をするときがある。

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