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第14話
「志野〜、ただいまぁ」
「……あ゙ぁ? 肇か」
インターネットを通じて稼ぎを得ている志野は、主に自宅勤務が多い。
勤務といっても1人でやりたいようにできる自由の効く仕事だ。
モデルや音楽制作、ウィスキーやカクテルの知識を発信したりと、志野の活動は広範囲にわたる。
デスクに足を置いて休憩していたらしい志野は、珍しくメガネをかけている。
足をそろえて下ろした志野のひざ上におれは遠慮なく腰をおろした。
「重い……」
「ねえ、今日おれいい匂いしない?」
「……」
「志野が好きな匂いだろ?」
「煽んなよ、悪ガキ」
「今日さー、中学ぶりの友だちに会ったんだよ。前に話したじゃん? 志野に似てるイケメンの」
「手出されてねえよな」
「んなわけ。あいつはそんなやつじゃない、つーか彼氏がいたよ。おれの数百倍はかわいい顔してた」
「嘘くせ」
「これはほんとだって。志野も見ればわかるよ」
好きなやつが幸せになるのは、嬉しい。
亮雅が幸せならおれも安心できる。
たとえ志野がおれ以外を好きでも彼が幸せであるなら、耐えられる。
肩に顔を埋めている志野の顔が見えないのは惜しいことをした。
たまにかわいいんだもんな、この人。
「眠い……」
「寝ていいよ。おれが代わりに仕事したげる」
「それはやめろ。お前の趣味全開にされても困る」
「でもこれ色塗りじゃん、おれ色塗りくらいできるよ?」
「……はぁ。お前はなんでそう、尽くしたい盛りなんだ。仕事はどうだった」
「まー、いつもどおり問題なしかな。しゃべんの得意だし」
「稼いだ金は少しずつ貯金しとけよ? 人間いつ大きな災難に見舞われるかわかんねえんだ」
「オジサン……いたっ」
「肇にとっては軽々しくても、遺された人間は死ぬまで背負っていくようになる。だから大切にしろって言ってんだ」
志野の言いたいことはなんとなくわかる。
死んだ人間には二度と会うことができない。
泣いても怒っても帰ってはこない。
おれが自殺未遂をして激怒したのも、おれがいなくなる未来を想像したくないかもしれない。
志野はおれのような人間でも大切にしてくれる善人だ。
彼の優しさを裏切るほど人が嫌いではない。
「志野って……親は?」
「死んだ。2人とも」
「……そう」
「肇は、死ぬなよ」
「……」
死にたくない。
志野といっしょに生きていきたい。
言葉がぐるぐるとおれの脳内でループする。
おれは、生きていきたい。
「死なないよ、絶対」
「約束しろ」
「指切りげんまんする?」
「お前の思考回路は小学生で止まってんのか」
「あはは、かもしれない。でもおれこの2年危ないことはしてないよ? 薬勧めてくるようなやつには近づいてないし、傷つけるのも禁止って条件つけてるし」
「……」
それに、キスもしてない。
志野は知らない。
おれが志野以外の誰ともキスをしてないなんて。
「風呂はーいろ」
「まだ入んな」
「なんでだよ。汗くさいじゃん」
「香水の匂いしかしねえよ」
「べったりー、志野かわいー」
「うっせえ、泣くほど犯すぞ」
「縛る?」
「だっる……今日は疲れてんだよ」
「ははは、えらいえらい」
志野の手をとっておれの指を重ねた。
好き、好き、好き。
何度も出そうになるその言葉が寸前で出てこない。
好きだよ、志野。
どうして言えないんだろう。
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