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第23話
あれからさらに2年の月日が過ぎ、肇は俺の親戚の元で就職することになった。
誘ったのは俺だが、なにか仕事がしたいと言い出したのは肇だ。
一生を養っていく覚悟はあるものの、肇が望む以上その意志を無視もできない。
そして肇の活躍は電話でよく親戚から聞くようになった。
人見知りをしない肇はしゃべりも上手く巧妙だ。
俺の目の前で女を口説こうとしている姿も何度か見ているが、相手側がまじめな顔をすればするほど焦りが生まれる。
もちろん、いまはその心配もなくなった。
「ん……志野、朝はやんないって」
「……お前、付き合う前と態度が違いすぎだろ」
「だ、だって……恥ずかしい、じゃん。俺そういうの好きな人とやったこと……ない、し」
「っ」
あの淫乱で誘い受けだったはずの肇が、正式に付き合い始めてからまったくの別人に変貌した。
いままでのは何だったんだと疑いたくなるほど恥じらいを見せる。
まるで二重人格だ。
まぁそれは、いまに始まったことでもないが。
「変な男と連絡先交換すんなよ。絶対」
「しないし……なんて、いうかさ。こういうの…………やっぱなんでもない」
「なんだよ」
「そんなことよりケーキ焼いてよ。志野の特技って聞いたけど」
「誰から聞くんだ、そんなどうでもいい情報」
「凛さんだよ。あの人、志野の話ばっかしてるよ」
「はぁ?」
凛さんは俺の遠い親戚に当たる人で、肇を雇った張本人だ。
幼少期から世話になっているだけあって、あの人にはいまでも頭が上がらない。
「肇、凛さんには心配かけんなよ」
「迷惑、じゃなくて?」
きょとんと枕を抱いている肇だが、気にするところが毎度ズレている。
迷惑をかけずに生きるなど到底ムリな話だ。
それにいつ気づくのか。
「そういえば志野が前に言ってたのなに? 子どもの恩人って」
「さぁ、そんな話したか?」
「うわぁ、都合いいことだけすぐ忘れる。そんなんだから信用されないんだよ」
「お前が言うな。だいたい、言ったところでお前は覚えてねーよ。4年も前の話だ」
「覚えてんじゃん。どういうこと? 4年前に志野と会ったことあったっけ?」
なんでこういうときだけ引かないんだ、この男は……
「子どもを助けてんだよ、肇は。4年前に」
「…………そうなん?」
「ああ、力も弱いくせに図体デカい男から子どもを守って殴られて……それでもお前は笑ってた」
あの笑顔が忘れられない。
純粋で、優しい顔をしていた。
子どもに向けるその顔が肇の素だと知ったとき、俺は彼を守りたいと思った。
そんなふうに誰かを想ったのは初めてだ。
「……あ、思い出した」
「さすがに覚えてるよな、あんなヤバい夜」
「わかっちゃった」
「は?」
「あのとき俺を助けようとしてくれてたのって、もしかして志野だった?」
「っ」
バレていた?
あの潔白した空気では肇の意識は男にしか向かないはずだ。
周囲にほの暗い街灯しかなかった俺の姿がまともに見えるわけはない。
「あのときはさすがに死ぬかと思ってたんだけど、少し離れたところから人の名前呼ぶ声が聞こえてさ。こっちに向かってこようとしてるのが見えたんだ」
「……」
たしかに呼んだ。
一輝に「手を離せ」という意味で。
「だからおれが叫んだ。警察呼べって」
「そいつが警察呼んだってわけか」
「いや? あんなん嘘だよ。とりあえず適当に名前呼んで叫べばあいつも逃げるだろって思って」
「はぁ? お前バカか、あんな人間を下僕としか思ってないような男、下手したら殺されてたぞっ」
「おれが言わなかったら志野がきてたかもしれないじゃん。全然関係ないのに巻き込みたくなかったんだよ」
「……」
「あはは、なんかウケる。あれって志野だったんだ〜。ふくくっ……おもしろ」
「ツボおかしいだろ。……俺は結局お前を助けられなかった。やってることは野次馬といっしょだ」
「いまおれを助けてくれてる。それが志野の人柄じゃん、なにが不満なんだ?」
「……」
「おれは感謝してるよ、志野に」
また、あの笑顔だ。
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