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第31話

さっそく車に乗りこんだおれたちだったが、よく考えてみれば季節は冬。 それも最高気温が2度。 「だめだ……おかしい。真冬に海まで行くのおれたちだけじゃない?」 「春まで待つか?」 「それはムリ、行きたい」 「これ着てろ」 突然コートを脱いだかと思えば、中に羽織っていたカーディガンをおれのヒザに置いた。 「見てるだけで凍死する、はやく車乗って志野」 「今日は雪降ってないからまだ寒くないだろ」 「志野の代謝よすぎでしょ。2度だよ?」 「よく食べてよく寝ろ」 「いや絶対関係ない。筋肉質だよね?」 「んなわけ。肇が見てないあいだにトレーニングしてんだよ」 「え、おれのいるとこでやってくれないんだ」 「……なんでいちいち見せびらかすんだよ。鬱陶しいだろ」 志野はまさに紳士だ。 頬の傷といい、おれを守るためにあらゆる努力をしている。 そんな素振りさえ見せない男前なところが、益々おれとは不釣り合いに思えてくる。 「……おれも筋トレしよ」 「急に焦るなよ」 「志野ががんばってるのに、おれが遊んでばっかりだと……」 「また捨てられるってか?」 「……」 「はぁ、まー筋トレは適度にやれば体にいいしな。いいんじゃねえの。捨てられた犬の目でこっちを見るな」 「おれも志野といれるくらいカッコよくなりたいな〜」 「それ以上自分を磨くな。絶対やめろ」 「えぇっ、なんで! おれもカッコよくなりたいんだけど!」 「自覚あんだろ。店に寄るたび受付の男と女がお前をガン見してんだよ。これ以上磨かれたら確実に浮気する」 「しないし! おれは志野がいいって言ってるじゃんっ」 「あんだけ性依存だったやつが急にやめられるわけないっつの。俺はいまの肇のままで十分だ」 「ん〜っ、なんかムカつくけど嬉しいからいいっ」 「やっぱアホだな」 志野はわからず屋だ。 キスをしたあの日から誰ともキスをしなかったし、セックスもいまは志野以外としていない。 体がウズウズしてもほしくなるのは志野だけなのに。 「……志野のポンコツ」 「口ふさいで息できなくすんぞ」 「いまそんなことしたら大事故だ。志野が悪者って新聞に書かれるだけだよ」 「新聞は知ってんのな」 「いや知ってるし、おれを先住民族かなんかだと思ってる? 現物見たの営業始めてからだけど」 「それがすげえよ。の割に難しい言葉は知ってるし、肇の知識はどっから入ってるんだ?」 「志野の本ある部屋、勝手にあさってる。仕事してるとき暇だし」 「ああ、書斎のもん動いてたのは肇のしわざか」 だが、志野の読む本はおれには難しすぎる。 高校さえ通っていないおれが追いつけるわけがない知識だらけで、1ヶ月で1冊読むのが精一杯だ。 その分、得られたことは多い。 海がとてもきれいだと知ったのも、志野の本を読んだからだ。 日本にもたくさんの海があって、いつか行きたいと思っていた。 「信号ってなんであの色なんだろ」 「覚えやすいからだろ。三原色は何においても定番だからな」 「へ〜、結構あっさりした理由なんだな」 車内の温かさに目をつぶりそうになっていると、「肇」と呼ばれた。 志野の方へ顔を向けた瞬間、グッと後頭部を引かれて唇が熱に包まれる。 開いた口内に挿入される舌が、おれの舌に絡まって息が苦しくなっていく。 「ん……っ」 強引に重なった唇から逃れることができず、脳がとろけて混乱を起こす。 「はっ……ん、ふっ、し……」 ____死ぬ。 そう思ったとき、スっと唇が離れた。 青信号になったようで志野は何ごともなかったように車を走らせる。 「……はぁ……しの、おれのこと殺す気じゃん……」 「煽ったのは肇だ」 「っ……漏れそう」 「ざまーみろ」 「もう志野なんてきらいだ……」 逃げるようにクッションを抱きしめたおれは、ミラー越しに見えた真っ赤に染まっている自身の顔を埋めて隠した。

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