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第32話
「____め、肇」
「っ!」
脳に直接語りかけられるように大きく響いた声。
まぶたを上げると、ひざの上には弁当が置かれている。
いつの間にか寝ていたらしい。
辺りを見回してみればどうやらスーパーの駐車場にいるようだ。
「んー、ねてた……いつねたの、おれ」
「1時間は経ってるぞ。食えよ」
「ありがと……へへ、なんか変なの」
「なにが?」
「志野がスーパー寄ってる……」
大きく伸びをして弁当のビニールをやぶいていく。
志野は意外とコンビニも利用するし、スーパーも寄ったりする。
元ホストなだけあっていまでもそれなりに儲けているのに、口にするものは庶民的なものも多い。
「やった、からあげだ〜」
「肩痛って……」
「おれが運」
「絶対ダメだ」
「からあげいる?」
「……ぷふ、どんだけ奉仕したいんだよ」
「志野が元気な方がおれも嬉しいし」
「俺らの相性バグってんな」
からあげをかじる音が耳に心地いい。
なんだ、このおいしさ。
「……おれたち相性悪いの?」
「いいとは言えないだろうな、一般的に。俺は肇が幸せになればいいと思ってる。お前も、そう思ってるだろ」
「うん」
「だいたいは片方が奉仕したい人間で、もう片方は奉仕されたい人間だ。その方がお互いの欲も満たされていい関係が続く……たぶん」
「なんで急に自信ないの、めずらし」
「現に俺が体験してるからだよ。腹立つくらいに違和感ねえ」
「…………からあげおいしい」
「この幸せ者め」
いままで食べた中で一番おいしい。
志野とふたりきりで食べるご飯は格別だ。
「おれ一生これでいい」
「からあげになるぞ」
「一生からあげ〜♪ ふふ〜ん♪」
「……幼稚園入るか?」
「あ、UFOが飛んでる」
「あれは飛行機だ」
「そういえば志野って飛行機乗ったことあんの?」
車は空を飛ばない。
大空を駆ける飛行機は、車とは桁違いの人数が乗れるらしい。
飛んでみたい。
きっとすべてがちっぽけに見えるほど壮大なのかもしれない。
「一輝と海外旅行したときに、何度か」
「へえっ、ほんとに一輝さんと仲良いよなぁ」
「あいつはただの腐れ縁だけどな。いまだにあの日のことを気にしてるみたいだぞ、気まずいって」
「一輝さんが?」
「ああ、まさか恋人関係にまでいくとは思ってなかっただろうな。肇を突き放そうとした過去の自分に後悔してんだと」
「あはは、一輝さんかわい。志野のこと心配して言ってたんだし、あんな傷だらけ精液まみれの男を家に連れ帰る志野の方が100倍頭おかしいのに」
「あーそうだよ。はたから見れば俺は立派な誘拐犯だ」
志野の本をあさっていたとき、一度見つけたことがある。
それは戦隊ヒーローものの漫画だったが、見入ってしまったのは主人公が家庭内暴力を受けている少女を連れ去った話だ。
はたから見れば主人公は悪者であり、場合によっては訴えられるかもしれない。
それでもすべてを知っている少女からすれば、主人公は正義のヒーロー以外の何者でもない。
おれにとっての志野はそれだ。
誰が志野を悪者扱いしても、おれだけはすべてを知っている。
命を救ってくれた恩人なんだ。
楽しいこと、人の優しさを教えてくれた誰よりも尊い人。
「おれも空飛びたい」
「言っちゃ悪いが、飛行機は街も大して見えないぞ。雲ばっかだ」
「え? 空にいても雲って見えるんだ」
「そりゃ見えるだろ。あれは幻覚か? 飛行機も悪くはないが、それならスカイダイビングとかの方が感動ものだ」
「スカイダイビング?」
「空の上から飛び降りるんだよ」
「自殺行為じゃん、こわっ!」
「バーカ、安全装置つけてるに決まってる。あれ経験してればお前ももっと世界広がるだろうな」
「志野やったことある?」
「ああ」
「すご。じゃあおれもやりたい! 志野とやりたいことリストがまた増えたな〜」
「なんだそのリスト」
ああ、楽しそうだ。
おれはスマホを手にとり、メモアプリにスカイダイビングと入力した。
志野とやりたいこと100。
ぜんぶ埋まればいいな。
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