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「お前、カンナで何やってるんだ?ピアノ?ヴァイオリン?それとも声楽?」 「うん。ピアノ」 「じゃあ、聞かせてよ」  突然の申し出だった。まだ、会って二度目。いろいろ踏み込んでくるなと思った。でも、何故か嫌じゃなかった。  ちらっと見ると、両方の親たちは久しぶりに揃ったせいか、まだまだ話は続きそうな気配だった。 「ねぇ、こっち」  オレは冬馬の手を取って、聖愛とカンナの間にある木戸へと導いた。  個別にレッスンする為の部屋が集まっている五階建ての棟に入る。部屋は特に決まっているわけではないが、オレが気に入っているのは二階の角部屋だった。  部屋に入ると、正面に窓、角部屋のここには右側にも窓がある。右の窓からは“聖愛の森”が見える。  防音の為か窓は普通の学校の教室のように大きくはなく、防音効果のあるカーテンが二枚ついている。オレは遮光カーテンの方だけを開け、部屋のなかを明るくした。中央よりやや壁寄りにグランドピアノが置いてある。  冬馬は物珍しげに室内を見回している。  オレは屋根と鍵盤の蓋を開け、ピアノの前に座ると、そっと指を置いた。何を弾こうか考えながら、軽く指慣らしをする。  冬馬が隣に並べてある椅子に腰を下ろした。  オレは誰でも知っているような童謡や子ども番組の曲などを何曲かアレンジして弾いた。  冬馬が「もっと弾いて」というので、ショパンの前奏曲(プレリュード)を弾く。最近やっと弾きこなせるようになった、オレの好きな曲だ。  五、六分程の曲だが、クラシックに興味のない子どもには長い時間かも知れない。しかし冬馬は眼を閉じて聞き入っている。オレはホッとして演奏することに集中した。  最後の音を奏で終え、部屋がしんと静まり返ってから、 「綺麗な曲だな。すごいな、お前」  冬馬はそう、やや興奮気味に言った。 「眼を瞑って聞いてたら、なんか雨が降っているイメージが浮かんできた」 「へえ」  オレはちょっと吃驚した。 「すごい。これ“雨だれ”ってタイトルがついてるんだよ。とうまくんは想像力があるんだね」 「何言ってるんだ。すごいのはお前だろ。お前が弾いたピアノがそう思わせたんだろ」  今度はかなり喰い気味だ。さっきまでの大人ぶった感じではない。頬が紅潮して年相応に見える。 「ありがとう」  オレは素直に礼を言った。  今まで誰の前で演奏しても感じたことのない、ドキドキやワクワクがじわじわと胸に押し寄せてきた。

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