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── 飛行機が離陸した。
窓の外の青い空と白い雲を見ながら、オレはずっと黙りこくっていた。
「し~うくん、どうしたの?浮かない顔だね。帰国する時には、あぁんなに楽しげにしてたのに」
隣の天音が、また空気を読んでいない明るい声で話しかけてくる。
「うん……」
オレは天音には何も言わないことにした。きっとろくなことを考えない。余計な言葉を聞いてこれ以上傷つきたくなかった。
( あんなものを見るために、天音くんに便乗して戻って来たわけじゃない。あれじゃあ、まるで、友だちというより恋人同士だ…… )
三日の間、オレはふたりをただ見続けていた。
冬馬と秋穂は本当にずっと一緒にいた。まるで雰囲気の違うふたりなのに、つねにふたりでひとつの世界を作っているように見えた。
今まで冬馬の一番近くにいたのはオレだ。でもあのふたりのように、いつでもべったりというわけではなかった。
オレたちは一度も同じクラスになったこともない。それでも低学年の頃は、昼食も休み時間も一緒にいることが多かったが、学年が上がる毎にその頻度も少なくなっていった。
約束も連絡も余程のことがない限りしない。食堂で会えば一緒に食べたり、時間のある時にそれぞれ秘密基地に行き、たまたま一緒になったりとか、大抵はそんな感じだ。
冬馬がこっそりカンナに入ってきて、練習室でオレがピアノを弾いているのをただ聴いている。そんな日もある。
それでも繋がっていると、自分が冬馬の一番だと思えていたんだ。あれを見るまでは。
オレは冬馬に何も告げず日本を離れた。
隠れてふたりを見ていた。それでも、今までだったら、何かしらの気配を感じとって気づいてくれていたはず。
そして多分オレは気づいて欲しいと、そういう気配を自分でも意識せずに残していたのだと思う。
それなのに ── 。
( 少しも気づきやしない……。たぶん、アイツのことで頭がいっぱいなんだ…… )
オレは深い溜息をひとつついた。
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二か月間のヨーロッパ巡りを終え、カンナ交響楽団は帰国した。六月初めのことだ。日本はまだ梅雨入り前だった。
『帰って来たら、連絡をくれ』
冬馬はそう言ったが、今日もオレは連絡をしなかった。する気になれなかった。しかし、完全帰国して復学もしたので、いずれ冬馬にも知れることだろう。
また、秘密基地でふたりを見た。
今度は声をかけてみようか。何も気づかないフリで ── そう思ったが、やっぱりそのまま立ち去った。
復学して四日目の放課後。
今日は朝から雨。とうとう梅雨に入ったらしい。
オレは聖愛での授業を終えると、カンナのいつもの練習室で独りピアノを弾いていた。
今日は窓は閉めたまま、正面 ── 聖愛から見えない方 ── の窓の遮光カーテンだけは開けてある。電気もつけず、薄暗いなかでオレは弾き続けた。
何も考えたくなかった。でも、ピアノを弾いていても、頭は空っぽにならなかった。
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