31 / 123
─ 30
**
「時間があったら、あそこに来いよ」
と、冬馬は言った。
しかし、それから雨が続き、到底秘密基地にいるとは思えなかった。
放課後は連絡を取らない限り何処にいるか分からなかったし、取る気にもなれなかった。昼休みは食堂で見かけもしたが、やっぱり近づくことができない。
一週間ぶりの晴れ間。
オレは聖愛の“森”に足を踏み入れ、“秘密基地”へと向かう。坂を登り切る手前、彼らの姿が見えると足を止めた。
じっとふたりの様子を見つめる。
連日の雨で土はまだ湿っている。今日はふたりとも木の根元に座っている。
他に誰がいるわけでもないのに、内緒話でもするように顔を近づけて話をしている。冬馬の癖なのか。オレにもよくあんな風に耳許に口を寄せて、話しかけてきた。
それなのに、オレの時とは何処か違うような気がして胸がもやっとする。
(はあ、やっぱ、ダメ)
オレはゆっくり半回転し、今上がって来た坂をとぼとぼと下っていった。
( 何も気がつかないフリをして声をかければいいじゃないか。このコ誰?っていつもの調子で訊けばいい )
このまま冬馬に会えないのは、辛い。かといってふたりきりで会えば、感情的になってしまいそうだ。
いつものオレ、いつもの少し嘘の自分が混じった、調子の良いオレ。そんな自分で声をかけるんだ。
( 明日こそ。明日、もし晴れたら…… )
翌日、快晴。
夏のような空だ。
今日、オレは首にカメラを下げている。
昨日と同じように坂を上って行くと、以前見たのと同じ光景が眼に入った。太い木の幹に凭れかかり、本を読むアイツ。その太股の上に頭を載せ、眼を瞑っている冬馬。
一枚の完成された絵画のような光景 ── 静かだった。
一瞬くらっと眩暈のようなものを感じ、また気持ちが揺らぐ。しかし、気を取り直して少し近づき、草の上に腹這いになった。昨日今日の晴れ間で土も草も、もう乾いている。
カメラを構える。ファインダーは覗かない。
カシャッ ── いったい何が撮れてるやら。
シャッターを押す瞬間も肉眼でふたりを見ていた。
シャッター音がした途端、びくんっとこちらを見た少年と、ガバッと起き上がった冬馬。ふたりの作り上げた世界が崩れ、ほんの少し胸がスッとした。
「いい構図 、いただきっ」
オレは殊更明るい声を出す。悪戯っぽく笑い、ふたりに近づいていく。
「驚かすなよ、詩雨」
冬馬は彼を自分の背の後ろに隠していた。
(いったい誰から守ろうとしてる? ── オレからだっていうのか?)
胸に暗い陰を落とす。
「驚いたのはこっちだ。秘密基地 に、他のヤツ連れ込むなんて。オレのいない間に浮気かぁー?」
おどけたように言うが、まるっと本音だ。
ともだちにシェアしよう!