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 ベルボーイの案内を断った彼の後を歩きながら、小さく溜息を漏らす。 ( 俺じゃなくても良かったってことか )  何故か少しがっかりしている自分に気づく。 「悪かったなぁ、部屋ひとつしか取れなくて。明日はふたつ取ってあるから」  機内でも説明されたが、部屋に入ると改めてそう言われた。よく知らない相手と一緒の部屋で一晩過ごす俺への気遣いだろう。  そうは言っても、ベッドルームは二部屋あって内側から鍵もかけられるようになっているらしい。 「問題ないです」  どちらかと言えば話べたなので返事はいつも最小限。無愛想に感じているかも知れない。それでも彼は気にする様子もない。 「そう?なら良かった」  荷物を自分のベッドルームに入れると、俺たちはホテルのレストランで夕食を取った。 「悪いな、オレばっか飲んじゃって」  シウさんはフルーツのたくさん載ったトロピカルなカクテルの三杯目を飲んでいた。俺も同じ仕様のトロピカルジュースを飲んでいたが、甘過ぎてその後はコーヒーに変えた。 「俺、未成年ですから」 「あ、そうだよなぁ。でも、背も高くて体格もいいし、顔も大人っぽいから、未成年に見えないよね」  元もと高めのテンションが、アルコールで更に高くなっている。白い肌の目許がうっすらと色づき、濡れた唇は紅を差したようだ。  俺はアルコールも入っていないのに心拍数が上がり、顔中火照ってくるように感じた。  俺自身ははっきり言って庶民だが、モデル事務所にいつも出入りしているせいか、身長が伸びてきた中学時代から悪いお姉さんたちに誘われ、それなりの経験はあった。  しかし、どちらかと言えばそっち方面は淡白で、触れられれば反応はするが、相手に対してはいつも何の感情も浮かばない。今まで彼女もいたことはなかったし、特に欲しいとも思わなかった。  華やかな容貌には慣れている筈の俺でも、シウさんは類になく美しく艶やか人だと思った。  ふと、またデジャブのようなものを感じる。  今まで誰にもときめいたことがないと思っていたが、今シウさんに感じている心臓が大きく波打つような感覚には覚えがあるような気がする。想いだそうとするが、やっぱり何も掴めずに遠ざかっていく。  ふっと、また俺の口から吐息が零れる。 「どうしたー?」 「いえ。── それにしても、卒製の為に沖縄なんてずいぶん豪勢ですね」  最初から疑問に思っていたが、特に聞くつもりはなかった。今は自分の気持ちを誤魔化す為に、思い浮かんだ言葉がこれだった。 ( はぁ……どうでもいいよな、こんなこと。やっぱり口を開くと録なこと言わない )  それでもシウさんは、自分でもどうでもいいと思っている問いに、真剣な顔をして考えてくれている。 「う……ん。気分転換にひとり旅。ついでに卒製と、あと卒業後に予定してる個展の撮影。時期は決めてなかったけど、あの時おまえに会って同行してくれることになって、今かなって思った。急に決めたからここは部屋ひとつしか取れなくて、ほんとごめんな」  少しトーンが下がる。また、謝らせてしまった。 「そろそろ部屋に戻ろうか」  立ち上がろうとしてよろめいた。酔いが少し足にきているようだ。俺は彼に肩を貸した。 ( ……やっぱ、訊かない方が良かったかな )  気分転換と言った時の少し切なげな顔が気にかかる。こんな人でもそんな気持ちになるようなことがあるのか。  シウさんを支えて歩きながら少しだけ後悔した。

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