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**  夏休みになり、流石に我が子か可哀想になったのか、その間は家に戻された。俺としては、このまま聖愛にいてもいいかな、とまで思うようになっていた。 (あの人がいるから)  そうはいっても親の意向に逆らえる年齢でもないし、第一あの人が夏休み中にカンナにいるかも分からない。俺は母の望み通り、夏休みは家で過ごすことにした。  久しぶりに会った母さんは、俺をぎゅっと抱きしめて「寂しかったわ」と涙ぐんだ。 ( おおげさな )  内心鼻白んだが、口には出さずにしたいようにさせた。ちょっとずれた母親だが嫌いなわけはない。  ただ俺は小一の子どもにしては可愛げはないかも知れない。物心ついた頃には既に、楽しくても嬉しくても悲しくても余り表情が変わらない子どもで、時にはそれは余計な衝突も生んでいた。  俺は家にいる間もずっとあの人のことを考えていた。あのピアノの音色を毎日聴きたいと思っていた。こんなに何かに執着するのは初めてかも知れない。  俺は家にあるピアノで“雨だれ”を練習した。弾く度に、ああ、こんな音じゃないな、とあの人の音を想う。  余りに熱心に練習しているので、母さんは、 「ハルくんが、こんなに熱心にピアノを練習するなんて」  と、眼を丸くしていた。 **  夏休みが明け、またあの人のピアノを聴きに行く。  一度意識しだすと不思議なことに、そこ以外でも良く眼に入るようになった。  たぶん彼自体は今までと変わった行動をしている訳ではないだろう。ただ、俺の気持ちが変わっただけ。だから、それまでより彼が眼に入るようになったんだ。  そして、周りの噂も自然と聞き留めるようになった。  彼は、“カンナ”さんというらしい。名前からして、カンナ音楽院、カンナ交響楽団の関係者なのだろう。  それから ──“ あそこ”でも見かけるようになった。あの森の、ぽっかりとひらけた、まるで秘密基地のような場所。  あの二人と一緒にいる。  三人でいる時はテンション高そうに喋っている。離れた場所にいる俺のところにも、彼の声だけは聞こえてくる。  でも ── 。  時折、木の陰に佇んでいることがある。それから、来た道をまた戻って行く。そんな時の彼の表情は、酷く辛くて哀しげだった。       **  一年、二年と時が経つ。  俺は相変わらずあの窓辺へと向かうが、窓が開け放たれていない日も多くなってきた。  あの建物はレッスン用で防音が利いているらしいので、窓を閉めたまま弾いているのかとも考えた。  でも、そんな時には聖愛の校舎内でも見かけず、やっぱり元々登校していないのだろう。楽団と行動を共にしているのかも知れない。  

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