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やっと、あの人の音が聴ける。
俺はその日までの毎日を何をしていたのか思い出せない程、心待ちにしていた。
しかし、やっと聴くことのできたその音に、俺は酷く戸惑った。それは次第に激しい苛立ちに変わる。
( こんなの、あの人の音じゃない )
眼の前にいたら、怒りをぶつけてしまいそうだ。
その日のカンナ交響楽団のクリスマス・コンサートは、土曜日の昼間ということもあって、子どもでも楽しめる演目になっていた。
第一部では、誰でも知っているような、クリスマスソングや子どもが好きそうなの曲のアレンジが続く。ピアノも他の楽器に混ざって演奏している。
そして、一部の最後は、第二部からの演目を期待させるような曲が演奏された。
ピアノの伴奏による、ヴァイオリン独奏曲『G線上のアリア』
( やっぱり…… )
ピアノが目立つ曲であろうとなかろうと、そんなことは関係なかった。勿論、技術は素晴らしい。周りの観客は、皆、絶賛している。
この音には、何も感じられないというのに ── 溢れるばかりのピアノを愛おしいと思う気持ちも、苦しいくらいの激情も、何も感じられないのに。
まるで、仮面をつけてしまっているようだ。
ちらっと隣の夏生を見る。夏生は拍手をしながらも、何処か微妙な顔をしている。彼もまた、あの人の本来の“音”を知っているのだろうか。
心底、あの人が眼の前にいなくて良かったと思った。
── しかし、不幸にも、その機会はすぐに巡ってきたのだ。
一部が終わり、三十分の休憩に入る。俺も夏生と一緒にロビーへ出た。お互いトイレで用を済ます。
先に出ていった夏生は、クロークに預けてあった花束を受け取っていた。
俺はまだ先程の演奏に対する苛立ちで頭が一杯になっていて、夏生が何処へ行くか考えずに彼の後ろを歩いていた。
気がつくと、何処かの部屋の前。ドアは開いていて、内の賑わいが聞こえてくる。
楽団員の控え室らしい。夏生がドアの前に立つと、その中の一人がこちらに向かって歩いて来る。
それは、勿論、『カンナシウ』だ。
「夏生、来てくれたんだ」
彼はあの演奏など気にしてる風もなく、にこにこと笑っている。
「はい、カンナちゃん」
夏生もあの時見せた微妙な顔は露程もなく、彼に花束を渡した。
「わぁ、綺麗。ありがとう ── ん?誰?」
夏生の後ろにいた俺に気づく。
「あ、従兄弟なんだ」
その時夏生は俺を紹介しようと思ったのかも知れない。でも俺は、ふたりの何事もなかったという態度に更に腹を立てた。
彼と夏生との間に無遠慮に割り込み、カンナシウの顔を睨みながら、言い放つ。
「今日のあんたの音はいったい何なんだ、全く何も感じられない ── そんなに嫌なら、そんなに辛いならやめてしまえばいい」
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