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  **  三階の自宅には部屋が二つあった。  片側はベッドと、テーブルセットのある使用感のない部屋。  もう片方は、そこよりも広めで、使われた形跡のあるベッド。チェスト。ラグの上にローテーブル。そして、ベッドと反対側の壁寄りにある、グランドピアノ。  シウさんの部屋に間違いないだろう。  ふんわりと漂っている甘い香り。あの男の煙草の匂い。  これまでで、一緒にいた時に、シウさんが煙草を吸っているところを一度も見かけたことがない。  この部屋だけで吸っているのか。吸いながら、あの男を思い出しているのか。 ( まだ、全然忘れられていないんだな…… ) **  ひと眼だけでも顔を見られれば、そう思ってパーティー会場へ足を運んだ。  しかし、顔を見るよりも前に、思いの外近くに見つけたシウさんの細い背が、その場で崩れ落ちた。  まだ顔を合わせない方が良いだろうか、などという躊躇いは、その時には頭からすっ飛んでいた。俺は急いでシウさんに駆け寄った。  彼は気を失っているようだ。 「詩雨くん、詩雨くん」  俺と同じように駆け寄って来た男性が、彼を揺り動かしている。 「朱音、救急車」 「天音、静かに。救急車は、必要ない」  取り乱している男性を、強い口調で窘める女性。  俺は動けないまま、二人を交互に見る。顔の造作が良く似た二人。そして、シウさんとも……。 ( ……兄弟? )  女性の方と眼が合う。彼女はまじまじと俺の顔を見る。 「貴方……モデルのハル?」  こくりと頷く。 「そう、貴方で、いいわ。詩雨のことは貴方に任せるわ」 「えっ?!」  俺と、シウさんの兄弟らしい男性が声を上げたのは、ほぼ同時だった。 「なんで?詩雨くん、送って行くなら、僕が行くよお」  どう見ても、この(ひと)の方がシウさんよりも年上のように見えるが、やけに子どもっぽい言動だ。 「天音はいい」  もう一度ビシッと言われると、男性はピタッと動きを止めた。彼女はもう彼には見向きもしない。  その後は、全て彼女の指示に従った。  シウさんを抱き上げ、ロビーのソファーに寝かせている間、彼女はクロークで俺とシウさんのコートを受け取る。 「タクシーを呼んだわ。貴方、詩雨の家を知っているわね」  先程からやけに断定的だが、シウさんはこの女性に俺の話をしたことがあるのだろうか。  彼女は寝ているシウさんのポケットというポケットを探る。 「あった」  目当ての物を見つけたらしい。手にしたキーケースを俺に渡した。 「詩雨のこと、頼んだわよ。お願いね」  物凄い威圧感を感じ、「はい」と頷くしかなかった。  

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