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「え?」  ハルの言葉を理解するのに、多少時間がかかった。でも、覚えていないわけではない。 「いや……覚えてるけど……。え、まさか、あの時のコって……そういえば、夏生に従弟だって、紹介された……」 「そうです。それ、俺です」  オレの方に顔を向けたハルは、酷く哀しそうに微笑んでいた。  理由が分からず内心戸惑いながらも、 「そっかぁ。全然分からなかったよ。小さくて細いコだなって印象だったから。全く面影ないよね」  軽い口調で言う。 (あ、でも。愛想なくて、意志の強そうな感じは、今と一緒かも。冬馬も、子どもの頃そんな感じだったな) 「小学校までは、平均より小さいくらいだったから。あの時 ── 」  ハルはオレから眼を反らした。言おうか言うまいか迷っているように、口を開いては閉じを何度か繰り返し、漸く言葉にした。 「俺の言葉が、シウさんを傷つけたんだと思ったんだ。ずっと、遠くから見ていたあんたと、やっと間近で顔を合わせることができたのに、あんな哀しそうな顔をさせるなんて。本当はあんなこと言いたかったんじゃなかったんだ。ただ、俺は子どもで、言葉が足りなかった。あれじゃあ、ピアノを辞めろって、言っているようにしか聞こえない」  ずっと、心に溜めていたのかも知れない。彼は一息で心の内を吐き出した。  オレはそれを聞きながら、あの時のことを思い返していた。 (そうだ、確かあのコは……そんなに辛いなら、辞めてしまえばいい……そう言った) 「他の楽器に合わせるあんたは、聖愛で独りで弾いていた時のように、楽しそうじゃなかった。好きという気持ちも熱情も感じなかった。だから、もっと自由に弾いて欲しいと思ったんだ」  ハルが話し終えるのをオレは待った。抱えているものを、全て吐き出せばいい。  ハルが口を閉じたので、オレもあの頃の自分の気持ちを言葉にする。  ハルには知って欲しい気がした。 「ハルのせいじゃないよ。ずっと悩んでたんだ。オレはこのまま楽団の一員としてピアノを弾くのだろうか、それはオレのしたいことじゃない。天音くんや朱音ちゃん、他の楽団員を否定する訳じゃない。でも、オレは、そうじゃないんだって。そういう、いろんな食い違いが積み重なっていったんだ ── だから、楽団と音楽院を辞めたのは、ハルのせいじゃないんだよ」 「夏生もそう言ってた、俺のせいじゃないって。確かに、あんな子どもの言うことで、全てを捨てる筈ないだろうけど。でも、子どもの俺には、俺の言葉のせいじゃないかって、思えて仕方なかったんだ。このことは俺自身のことも傷つけて……辛くて、ピアノも辞めて転校もした。“カンナさん”のことも忘れようとした ── そして、全部忘れてしまったんだ、“カンナさん”のことも“カンナさん”を好きだった自分も……」

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