98 / 123

─ 23

 カメラを持てなくなった時、オレはそれまで使っていた二台のカメラを箱に入れ、更にウォークインクローゼットの奥深くに仕舞い込んだ。  一台は叔父から貰った一眼レフフィルムカメラ。これで冬馬と秋穂のふたりだけの世界を切り取った。もう一台は、大学に入った時に自分で購入した、一眼レフデジタルカメラ。この二台を使い、初めてハルを撮った。  三年近く仕舞われていたそれを、クローゼットの中から出し、そして、箱の蓋を開ける。 (オレはほんとに、もう大丈夫なのか。このカメラたちに触れることができるのか)  不安はあった。本当はオレの傷はまだまだ癒えてなくて、触れることもできないのではないかという。  そうだとしたら。オレのハルへの気持ちは偽りなのかも知れない。自分自身そう思い込みたいだけの。 ( それは、やだ )  オレは箱の中に手を入れ、二台にそっと触れる。そして、一台ずつ大切に取り出し、その懐かしい重みや感触を感じる。 ( 大丈夫だ…… )  ホッと息を吐く。  それでも、すぐにそれを使って撮影する気持ちには為れず、一階のスタジオの作業台に置き、眺めて触る日々を続ける。  なんて、臆病なんだ。  すぐにでも、このカメラたちで写真を撮れないなんて。  もう、冬馬への気持ちは変わってしまっているのに。オレには、ハルがいるのに。  このカメラでシャッターを切った瞬間に、昔に戻ってしまうような気がして。  スマホで冬の風景を、それなりに撮れるようになった頃。やっとこの二台で撮ってみようか、という気になる。まずは、スタジオの中で。  フラワーショップで思うまま花を選ぶ。  スタジオのセットに使っている二人掛けのソファー、それから白い床の上に、色取りどりの花を散りばめる。  春を思わせるパステルカラーの花たち。  一眼レフフィルムカメラを構える。  一回眼を閉じると、目蓋の裏に浮かぶのは、緑の風景。それから、冬馬と秋穂の姿。  それを振り切るように。  パッと眼を開ける。  カシャッ。  懐かしいシャッター音と、その感触。    オレは深く安堵の息を吐き、口許に笑みを浮かべた。 ( ……大丈夫だ……もう…… )  オレは大きく眼を見開き、被写体を見つめる。頭の中に色々なイメージが沸き上がる。  どの角度で撮ろうか。ジュエリーを追加してみようか、それともシャボン玉を飛ばしてみる?  とりあえず。  カシャカシャカシャ。  思うまま、自由に、シャッターを切った。  

ともだちにシェアしよう!