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三月も終わる頃。
風はまだ冷たいが、陽射しは暖かく、風景に春を感じる。
オレは、今、桜宮モデルエージェンシーの社長室にいる。
ここに来るのは、三年振りか。ハルの写真集の依頼を断ったあの日が、最後だった。
先日、事務所に来て欲しいという連絡を、夏生から貰った。内容は言っていなかったが、なんとなく予感めいたものを感じ、心臓がドクンと波打つ。
テーブルを挟み、夏生、ハルと向かい合って座っている今は、もう緊張MAXだ。親しいこの二人の前で、こんなにも緊張するなんて。
夏生は相変わらず、穏やかな雰囲気を醸し出していたが、ハルの方はどうやらオレと同じくらい緊張しているようだ。
「ハルの二冊目の写真集を刊行することになりました。『SHIU 』に、その撮影を依頼をしたいと思っているのですが」
オレは息を詰めて、話を聞いていた。
一応改まった言い方をしているのは、仕事としてのけじめだろう。
もしかしたら、という予感はあった。でも、実際に現実となると、本当にオレでいいのかと思ってしまう。
もし。また。
オレが無言でいると、夏生がテーブルについた手をズッとずらし、オレに近付いてくる。
「今までも何度か二冊目の話があったんだ。でも、ハルが『SHIU 』に撮って欲しいと言って承諾しない。それが、いつになっても待つと……」
「ハル……」
ハルを見ると、彼は唇を引き結び、こくっと頷く。
こんなにも望まれるのは、正直嬉しい。
ハルの願いを聞き届けてあげたい。
だから、逆に怖い。上手くいかなかった時のことを考えると。
「オレ……やっと、カメラを持つことができるようになったんだ。だけど、風景や静物しか撮っていない、人物はまだ……」
テーブルの上に組んだ自分の手を見つめる。
「いや、嘘ですよね、それ」
急に口を開いたハルは、はっきりとした声で言った。
「え?」
オレは吃驚して顔を上げる。
「俺のこと、撮ってますよね」
「はぁ?」
「待ち合わせの時とか、撮影の時とか。あと、俺が寝ている時とか」
「ええーっ!!」
オレはバンッとテーブルに手をつき立ち上がる。
「おまっ、おまえ、勝手に見たなーっっ」
ハルを指差し、腕をぶんぶん振る。
カメラで撮った写真は、家に遊びに来た時に見せていた。でも、それは風景や静物などを撮ったものだけ。
確かにオレは、ハルを撮っていた。
こっそりと。
待ち合わせをしている時、わざと少し遅く行って、オレを待っているハルを。お互いの家に泊まった時には、ハルの寝顔を撮っていた。
それは、ハルには見せていない。
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