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エピローグ ─ 1
Side TOUMA
── 冬馬…… ──
秋穂の肩を抱き、片手には空の洗濯カゴを持ち、我が家に入る。
カチャッとドアを締め切った途端、俺は頭の中で名を呼ばれたような感覚がした。はっとして顔を上げると、秋穂と眼が合い、
「どうしたの?」
と問われる。
「いや、今誰かに呼ばれたような」
「そう?何も聞こえなかったけど。あ、それちょうだい」
差し出された手にカゴを渡した。秋穂はそれを持ち、洗面所に消えた。
(詩雨の声に似ていたような気がした……)
「まさか」
口に出し、自嘲気味に笑う。
詩雨がここにいる筈がない。ましてや俺に会いに来るなんて。
**
俺たちが ── いや、俺が詩雨を切り捨てて、遠い国に逃げて来てから、三年半の月日が経っていた。
パリ郊外の街アンジェ。そして、更にその外れの地へ。パリよりものんびりとした雰囲気の街。
家は小ぢんまりとした平屋。実家は勿論、それまで住んでいたマンション程の広さもない。
玄関を入ると、すぐにキッチンのある部屋。寝る以外の全てのことをここで行う。食事も。仕事も。
三年半前、Citrus 関係の知人を頼りパリへ。大手ブランドへの誘いもあったが、個人店のオーナーへの紹介を希望した。
今はアンジェの中心街にあるその店の服をデザインしたり、一点物の服の製作を行いながら細々と暮らしている。
“Citrus ”も勿論俺の夢の具現化だ。でも、今やってることもやはり俺の夢。デザインを描き、服を作る。ただそれだけのことが。
辛いことはない。
秋穂がいて、自分の本当にやりたかったことをしている。
多分、今までで一番幸せなのだ。そう思う。
(そう言えば)
このアンジェの街を訪れた時、何処かで見た街並みだと思った。街の家々の屋根がグレーで統一されたシックな風景。
詩雨がまだ音楽院に籍を置き、演奏旅行に行っていた頃。
あの頃送ってくれた写真の、一枚にあった筈だ。俺の気に入っていた写真。写真と手紙は大事に保管していたが、それを持ってくることはできなかった。その写真が本当にここだったのか。今は確かめることができない。
もしかしたら、俺がこの街を選んだ理由は、そこにあったのかも知れない。
俺はテーブルに着き、描きかけのデザイン画に向かう。しかし、先程の“声”が気になって、なかなか進まない。
(詩雨……)
六歳の時に出逢ってから長い付き合いの親友。そして、ずっと俺を想い続けてくれた男。
最後に話したのは、別荘に行く車内。俺はあの時、彼に酷いことを言おうとした。
『もしも、秋穂に出逢わなかったら、お前を選んでいた』
と。
しかし、それは詩雨に遮られ、最後まで言葉にはできなかった。多分彼も解っていたのだろう。俺が何を言おうとしていたのか。
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