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 忙しいなかでも、ここに泊まりに来たことは何度かあった。しかし、疲れていたり、酔っていたり、なんとなくピアノを弾く雰囲気にならなかった。  というのは建前で、本当はびびっているという自覚があった。  遙人への気持ちは勿論ある。そして、触れたり触れられたりしたいとも思っている。  でも、やっぱり怖さや不安が先に立ってしまって、なんとなく避けてしまっていた。  何しろ経験値が低いもので。  これまでの人生でSEXをしたのは、二年近く前のあの日だけ。 ちょっとくらいびびったとしても、仕方ないだろ。  そうやって何度も自分に言い訳をしていた。  写真集も完成し、忙しさもひと段落。そして、今はもう酔いも覚めている。  言い訳できるところは、何もない。  今日こそは。  オレはグランドピアノに向かって頷いた。 **  お互いを労いながら、乾杯。  遙人はシャンパンをひと口呑むと、つまみに手をつけた。スライスしたトマトにモッツァレラチーズ。それにオリーブオイルをかけ、塩と黒胡椒を少々。 「たいしたモノできなくて。でも、あんまお腹空いてないから、いいよな」 「美味しいですよ?」  オレはゆっくりとシャンパンを呑みながら、咀嚼する遙人の口許を見る。それから裸の胸へと視線移す。  暑さを感じる季節、風呂あがりの彼は大概上半身裸で過ごす。その綺麗な筋肉のついた裸の胸に、オレはいつもドキンとしてしまう。  彼はどうなんだろう。 『次は優しくします』  そう言いながら、あと二か月程で二年が経つ。  お互い少しずつ歩み寄り、触れ合い始めた。  オレも言葉にはしなくとも、態度ではけっこう気持ちを現していると思っている。それに、冬馬への気持ちのも、この短くなった髪と、置いてきた紅い組紐で、遙人にもわかっているはず。  だけど、軽いキスとハグ止まり。 ( 二年……長いよなぁ。そんなに我慢できるもの?)  もともと余り自慰もしないオレはともかく、ストイックそうに見えて実はそれなりに経験も性欲もある遙人が、我慢できるのか。 ( それとも。他に…… )  その恐ろしい考えに身体がぶるっと震える。 「シウさん、どうしたんです?」  遙人の言葉には答えず、オレは残ったシャンパンを一気に呷った。  ゲホッとむせる。  ガバッと勢いよく立ち上がり、「大丈夫ですか」と心配そうに声をかけてくる遙人を置き去りにした。  オレはグランドピアノ目がけて大股で歩き、屋根の上に載っていた楽譜を手にすると、そのまま屋根を立て、ビアノの前に座る。蓋を開けて、楽譜をセット。  その辺りで遙人もオレの傍に寄ってきた。  少し震える指を、鍵盤の上に置く。  一回大きく深呼吸。  その後は、ただ、遙人を想い、音を奏でる。  楽譜は置いたが、もう全て頭に入っている。  始まりは静か。  クレッシェンド、デクレッシェンドを繰り返す。  そして、最後は、ゆっくりゆっくりと大きくなっていく。  オレの遙人への想いそのままに。  オレは最後まで弾き終え、ふうと小さく息を吐いた。 ( 遙人……どんな顔、してる……? )

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