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Side SIHU Ⅱ ─ 1
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何故かこの男は、オレたちに訪れる転機に深く関わりがある。
そして、この出来事は、最悪のものであり、何もかもが崩れてしまうような予感さえした。
オレは眼の前で血を流し、微かに呻いている男 ── 石蕗壱也を見て、全身から血の気が引いていった。
どうするべきか。
考えが纏まらず、天音に連絡を入れる。
秋穂の部屋に、怪我をした石蕗壱也がいること、そして、冬馬と秋穂が車で去ったこと。その二点を伝えた。
聖愛のクリスマスパーティーの時のように、どうにかしてくれるだろうと期待を寄せた。
それから、冬馬の弟優馬 にも同様の連絡を入れる。
それから、一呼吸。
さっきまでとは違い手が震えてしまう。
スマホの暗い画面には、『冬馬』という文字が白く光っていた。
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十二月二十三日の午後、突然舞い込んできた仕事で、東京へ帰ることになったハルを那覇空港で見送る。オレはそのまま残り、二十五日の午後の便で東京へ。
思えば何故この日に、東京へ帰ってしまったのか。もし、もう一日遅らせていれば。
少なくとも、自分に対する罪悪感だけには、苛まれずにすんだかも知れない。
でも、結果は同じこと。
ふたりは ── 冬馬は、オレの前から姿を消すことになる。
東京に帰ったオレは、冬馬に連絡を取ろうとした。
せっかくのクリスマスだ。一緒に過ごせればいい。
ふたりは、イヴを楽しく過ごしたはず。
今日は、どうだろうか。
もし、ふたりが一緒だとしても……。
邪魔してやれば、いい……。
いつものように。軽い調子で。
── そんなことを、考えていた罰かも知れない ──
冬馬のスマホ、マンションの番号にかけてみたが、どちらも出ない。
Citrus では、『本日はお休みです』と、やけにそっけない対応をされ、オレは秋穂のマンションの前まで来ていた。
本当は最初から、ここにいるような気がしていたが、そういう現実を見たくなくて、後回しにした。
秋穂に電話を入れてみるか、それとも直接インターフォンで呼び出してみるか。
生垣の前で悩んでいると、どんっと誰かがオレの肩にぶつかり、そのままふらふらとエントランスの方へ向かって行く。
( ── あれ、アイツ )
石蕗壱也だった。
( アイツ、日本に戻ってたのか )
高一の聖愛のクリスマスパーティー。あの出来事の後、NYの大学に留学し、そのまま石蕗の系列のホテルに経営陣に納まったと聞いていた。
十二年経った。戻ってきていても、おかしくはない。
( 秋穂のところに行くつもりか。ふたりは、また
、繋がりをもったのか )
オレは追いかけようとした。
でも。
( もしも、ここに冬馬が来たら?ふたりが会ってることを知ったら? )
少しは幻滅するだろうか。
蟠りが残るだろうか。
そう考えるが。
それは、ない。別の自分が言う。
冬馬が自分を選ぶことも、ぜったいに、ない、と。
それでも、オレは動くことができなかった。
それが、思った以上に、深刻な事件を生むとも知らずに。
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