77 / 123
─ 2
しばらくして、見覚えのあるシルバーの車が、門を挟んで反対側の生垣に横付けされる。
一人の男が出てきて、忙しない様子でエントランスへ消えて行く。
── 冬馬だ。
また、追いかけるかどうか悩んでいるうちに、時間が経っていたらしい。
秋穂に支えられて、冬馬が出てくる。
( 支えられて……? )
様子がおかしかった。
運転席に座ったのは、秋穂の方だった。
( どういうことだ? )
車は静かに発進し、進行方向にいるオレのことなど、気づきもしないようだった。
**
去っていく車を苦い思いで見送り、停めてあった辺りまでふらっと移動する。
( アイツはどうしたんだ…… )
ふとエントランスの方を見ると、外灯の下 白いコンクリートの上にポツンポツンと何かが落ちているのが眼に留まる。オレはそれを辿ってエントランスの内に入った。
「血……か……?」
オレはさっき冬馬の様子がおかしかったを思い返した。
( ケガ……してるのか……? )
「何か起きてるかも」
オレは、ここに何度も来ているうちに顔見知りになった管理人に、かいつまんで話した。
彼は半信半疑だったが、秋穂の部屋まで一緒に来て ── そして、この光景を見た。
背をくの字に曲げ、倒れている壱也。
傍に転がるポールスタンド。
顔は血で真っ赤に染まり、背中にはナイフのようなものが埋まっている。
微かに苦しそうな呻き声が聞こえ、とりあえず生きていることはわかった。
玄関先で待っていた管理人に口止めをする。マンションのオーナーの息子だとわかって、大事 にしたくない彼は、オレの言うことに従った。
それから、オレは天音と優馬に連絡を取った。
**
電話は繋がったのに、相手は何も言わない。
オレもすぐには声が出なかった。少し気持ちを落ち着かせてから、普段のテンションを心がけた。
撮影が一旦終えることになり、東京に戻っているということ。冬馬を探していたということ。
そして、今は秋穂のマンションの前にいるということ ── ここは、勿論、嘘だ。
「一緒にクリスマスしようと思って」
そこまで言って、やっと、冬馬の声。
「詩雨、俺たち今、そこにはいない。でも、頼みがある。部屋に ── 」
何処か切羽詰まったような声。
先を促すように、オレは黙って待った。
しかし。
「いや、やっぱりいい」
そこでブツっと、境界線を引かれた。
おまえには、言わない、と。
今まで、どうにかいつも通りに、と耐えていた。
( も、ムリ…… )
オレの片眼からぽろっと涙が零れ、つんと鼻の奥が痺れるような感覚がする。
「やっぱ、オレには言ってくれないか」
ともだちにシェアしよう!