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 しばらくして、見覚えのあるシルバーの車が、門を挟んで反対側の生垣に横付けされる。  一人の男が出てきて、忙しない様子でエントランスへ消えて行く。  ── 冬馬だ。  また、追いかけるかどうか悩んでいるうちに、時間が経っていたらしい。  秋穂に支えられて、冬馬が出てくる。 ( 支えられて……? )  様子がおかしかった。  運転席に座ったのは、秋穂の方だった。 ( どういうことだ? )  車は静かに発進し、進行方向にいるオレのことなど、気づきもしないようだった。 **  去っていく車を苦い思いで見送り、停めてあった辺りまでふらっと移動する。 ( はどうしたんだ…… )  ふとエントランスの方を見ると、外灯の(もと)白いコンクリートの上にポツンポツンと何かが落ちているのが眼に留まる。オレはそれを辿ってエントランスの内に入った。 「血……か……?」  オレはさっき冬馬の様子がおかしかったを思い返した。 ( ケガ……してるのか……? ) 「何か起きてるかも」  オレは、ここに何度も来ているうちに顔見知りになった管理人に、かいつまんで話した。  彼は半信半疑だったが、秋穂の部屋まで一緒に来て ── そして、この光景を見た。    背をくの字に曲げ、倒れている壱也。  傍に転がるポールスタンド。  顔は血で真っ赤に染まり、背中にはナイフのようなものが埋まっている。  微かに苦しそうな呻き声が聞こえ、とりあえず生きていることはわかった。  玄関先で待っていた管理人に口止めをする。マンションのオーナーの息子だとわかって、大事(おおごと)にしたくない彼は、オレの言うことに従った。  それから、オレは天音と優馬に連絡を取った。 **  電話は繋がったのに、相手は何も言わない。  オレもすぐには声が出なかった。少し気持ちを落ち着かせてから、普段のテンションを心がけた。  撮影が一旦終えることになり、東京に戻っているということ。冬馬を探していたということ。  そして、今は秋穂のマンションの前にいるということ ── ここは、勿論、嘘だ。 「一緒にクリスマスしようと思って」  そこまで言って、やっと、冬馬の声。 「詩雨、俺たち今、そこにはいない。でも、頼みがある。部屋に ── 」  何処か切羽詰まったような声。  先を促すように、オレは黙って待った。  しかし。 「いや、やっぱりいい」  そこでブツっと、境界線を引かれた。  おまえには、言わない、と。  今まで、どうにかいつも通りに、と耐えていた。 ( も、ムリ…… )  オレの片眼からぽろっと涙が零れ、つんと鼻の奥が痺れるような感覚がする。 「やっぱ、オレには言ってくれないか」

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