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第5話
夏の放課後。
日直だった悠哉は日誌を書き終えると、カバンを手に持ち、その足で日誌を担任の歌川先生へ届けるため、職員室へと向かっていた。
三階にある教室から、職員室のある二階までやって来ると、ちょうど前を歩く歌川先生を見つけた。
「歌川先生」
「おっ、山本。日誌か?」
「そうです。これ、よろしくお願いします」
「おお、お疲れ」
「それじゃあ、さようなら」
「気を付けて帰れよ」
「はい」
帰りの挨拶を済ませて、悠哉は下駄箱で靴を履き替えると野球部の練習が行われているグラウンドへと向かう。何となく博人の様子を見たくなったからだ。
ちょうどバッティングマシンでバッティングの練習が行われていて、博人は外野で守備練習という球拾いをしているところだった。部員がこんなに大勢いる中で、一瞬で姿を見つけることが出来るって、よっぽどの腐れ縁だな……なんて可笑しくなる。
気がつけば、野球部の練習が終わるまで練習を見ることに没頭していた。
そう、野球を見ることは嫌いじゃない。どちらかといえば、お父さんの影響で悠哉も野球を観る機会は多かったし、何より博人が野球をしていることで、昔から試合を応援しに行くことも多かったからだ。
まさか俺が待っているなんて思っていないだろうから、少し驚かしてやろうと思い、正門を出たところで学校の自販機で買ったスポーツドリンクを持って静かに待つ。
しばらくすると、着替えを終えてバッグを抱えた野球部員たちがぞくぞくと目の前を通り過ぎていく。
「おう、山本。矢吹なら、もう少ししたら来ると思うよ」
「そう。ありがとう」
「じゃあな」
「うん。また明日」
同じクラスで野球部の斉 藤 光 が、悠哉の存在に気づいて声を掛けてきた。
言われたとおりに、もう少しという言葉を信じて待っていると、「矢吹くん!」と、博人を呼ぶ女子の声が聞こえた。
ここにいちゃマズイ……と思うのに、何故か体は動いてくれなくて、スポーツドリンクを持っている手にグッと力が入る。
「あれ、吉村さん?」
「あっ、うん。えっと、その……」
「どうしたの? 遅くまで部活?」
「ううん。矢吹くんのこと待ってたんだ」
聞こえてきた会話に、今までの経験上、これから始まるのが告白だということを察知した悠哉は、息を吞む。
「練習終わるまで待っててくれたなんて、何か急ぎの用事?」
「そういうわけじゃなくて……。あの……」
「うん」
「実は、私……矢吹くんのことがずっと好きで、その……付き合って下さい」
「別にいいけど……」
チク、チク、チクと心臓が痛む感じがした。
何だろう? 今まで一度もこんなことなかったのに……。
苦しい……胸の奥が思いっきり掴まれたみたいに、息が出来なくて、それでも足が止まらない。遠くへ、少しでも遠くへ行きたいという気持ちだけがそこにあった。
何度もこういう場面に出くわしたことはあったけど、これほどに動揺することなんてなかった。
何で……何で……本当に吉川さんと付き合うの?
聞き間違いなんかじゃない。博人は確かに返事をしていた。「別にいいけど……」という言葉はあの場合、OKを意味するはずだ。
もしも、もしも博人が吉川さんと付き合ったなら、俺たちの関係はどうなってしまうのだろう?
きっとこれまでみたいに一緒に過ごすこともなくなって、二人でバカやって笑ったり、怒ったり、喧嘩したりすることもなくなって、どんどんと離れて行ってしまう。いつまでもこのままでいられるわけないってわかっていたはずなのに、こんなにも早くその日が来るなんて想像もしていなかった。
「くそっ、何なんだよ。俺……マジでバカみたい……」
行きつく場所なんてどこにもない。自宅まで必死に走って帰ってくると、そのまま自分の部屋のベッドへダイブして枕で顔を伏せるのが精一杯だった。
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