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第41話——心の幹を太くするには支柱が必要——
それからはトントン拍子で菊池が生徒会長に、桜木が副会長となり、中学校への学校案内パンフレットを学校の広報部と話し合って作成したり、オープンキャンパスの実施回数を増やしたりと、大人顔負けの手腕を奮った。
そこにはS校初の女子生徒会長としてのブランディングも兼ねていたらしく、この半年はさらに成績を上げている。
そして、入試時の女子生徒数が共学二年目にして他校の女子受験者数と遜色ない数をただき出しているのだ。教師も菊池を褒めちぎるのは当然であった。
このための、「S校初の女子生徒会長」だと知ったのは、桜木をもってしてもつい最近のことである。
そんな菊池がわざわざ奥まった場所に生徒会室を置いたことだけは未だに理解できないでいる。元ある生徒会室を使うはずないとは思っていたが。
(——そういえば、あの時渡したハンカチ、返してもらってないな)
「肇! ちょっと待って! 私も行くから」
先に生徒会室を後にしていた桜木の後を追ってくる菊池。
「もうちょっと勉強していくんじゃなかったですっけ」
「どうせ後数分だしこのくらいはいいわ」
「……僕、それなりの覚悟を持って貴女の補佐を買って出たつもりなんですけど。この半年、マジで僕の出る幕なしっていうか」
「僕、要りました?」と朝から暗澹 たる雰囲気を纏う桜木。
「何言ってんの。竜ヶ崎の舵取りは肇に一任するつもりよ。弓月君はただ甘やかすだけだから」
「弓月君には贖いのつもりで竜ヶ崎の手助けをしてるだけであって、私自身、竜ヶ崎を手元に置いとくなんてすごく居心地悪いんだから」と小言を悪びれもなく堂々と口にした。
「そうでした、あの二人はもともと貴女をダシにくっついたんでしたね」
「……そういう口ぶりは竜ヶ崎だけにしときなさいよ。私じゃそんな子供騙しな煽りに乗ってあげらんないんだから」
「子供騙しって酷いなぁ」
「構って欲しいならちゃんと素直に言いなさい?」
したり顔を桜木に向ける菊池に、別の魂胆が見え隠れしてならない。桜木は訝かるように菊池を横目に見る。
「放課後、弓月君たちと書類整理が済んだら、校長室に一緒に来てもらうわ。今年の確定した女子生徒入学者数を教えてもらうために」
「それはいいですけど、なんで校長なんです?」
「実は教頭とベクトルの違いでバチバチなのよ、私。だから、男手が必要かなと思って」
「……分かりました」
菊池のお願いを噛み砕いて飲み込めば、口内に広がって残る場違い感。苦味を帯びるほどに、それは口内に留まり続けた。
放課後、菊池の言う通り先に三浦たちと生徒会室で雑務を済ませる。未だ口内の苦味は消えてなくならない。
菊池が先に職員室で教頭と話をするため、菊池が席を開けている今、竜ヶ崎は鬼の居ぬ間に堂々とサボタージュを決行している次第である。椅子を複数並べて寝転ぶ。無論、三浦の咎など甘言に過ぎない。
「三浦先輩。竜ヶ崎さんはきっと百合さん以外に聞く耳は持っていないらしいです。ですのでこの際竜ヶ崎さんへの不満をぶっちゃけながら作業しません?」
その策に乗る三浦の不満は呼吸するように次々と出てくる。竜ヶ崎も目を丸くするという珍しい表情を引き出すほどだ。
「三、三浦先輩……? 結構言いますね」
言い出しっぺの桜木が口角を引き攣らせていう。「開き直った竜ヶ崎さんが最近鬱陶しい、なんて」。
「だって、今まで隠してきたんだろうなって思う束縛が、今や堂々とだよ? ここまで一緒にいるのに際限ないし、感心するくらいだ」
「ゆづが何も言わねぇから」
「そう、それだよ! 俺はそのほとんどを黙って受け入れてるんだから、そろそろ落ち着いてくれても良くない?! マンネリ化とかあるじゃん!」
桜木は三浦の言い分に、大きなため息をついた。それに三浦が賛同を得られたと勘違いする。
「三浦先輩、それは違いますよ。三浦先輩が竜ヶ崎さんのことを想うよりずっと前から三浦先輩だけを好きなんですよ? まだ交際する前の片思い期間の方が遥かに長いんです。たった半年程度で治まるような人ではありませんよ」
桜木が淡々と作業をこなしながら言うので、一瞬三浦は肯定されたと首を縦に数回振った。そして、ベタに素っ頓狂な声を上げた。
だが、次に同じような声を上げたのは桜木だった。
「なんだかなんだ、桜木は俺の味方だからな。ゆづよりは理解してんな」
魚のように口をぱくぱくさせながら動揺を隠せない。
「あ? 違ったか? お前は俺の味方なんだろ?」
こちらに視線を向けない竜ヶ崎は「もう書類整理は終わっただろ。ゆづは返してもらう」と今朝も見た三浦を小脇に抱えて生徒会室を出た。
その際に、桜木の頭をくしゃくしゃにしてこちらを見下ろす竜ヶ崎に、桜木は思わず喉を鳴らした。
一人残された室内で桜木は、小脇に抱えられた三浦がどんな表情をしていたか思慮することを忘れ、「メール全部読んでんじゃん」と胸を一杯にさせる。
「やっぱ、好きだったなぁ」
此処が奥まった所で良かったと初めて思った。
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